国内有数の合繊産地として知られる石川。しかし、かつてのように大手の商社やアパレルメーカーの下請けとして、注文通りに糸や生地を作るだけでは生き残りは難しく、現在では、それらの企業のパートナーとして、いかに付加価値の高い製品を開発、提案できるかが、飛躍の鍵を握っている。合繊の撚糸加工などを手がける北陸化繊でも、ISICOの支援制度を活用してストレッチ性に優れた糸を開発したほか、織機を導入して社内で試作品を製造できる体制を整え、提案力を向上させている。
ファッション業界で今、話題になっているのが、日本のデニムブランド・KUROが発売した「モンスターストレッチデニム」である。最大の特長は、その名の通り、今までのストレッチデニムに比べ、ほぼ倍に伸びるという驚異的な伸張性だ。使われている生地はデニム生産量で国内トップシェアを誇るカイハラ(広島県)が製造した。そして同社に、この生地を作るための緯糸(よこいと)を供給しているのが、宝達志水町に拠点を構える北陸化繊である。
北陸化繊が供給しているのはポリウレタンの芯糸に、別の糸を巻き付けて仕上げる特殊カバーリング撚糸製法によって伸張性を高めた糸で、開発に当たっては活性化ファンドの助成金を活用した。既存のストレッチ生地が、生地を織った後に加工して縮ませることで伸張性を持たせているのに対し、モンスターストレッチデニムではこの伸張性の高い糸を、張力を抑えて織り上げ、かつてない機能性を実現している。
このデニムの魅力は、優れたストレッチ性によって得られる快適な着心地だけではない。従来のストレッチデニムの場合、縮める加工を施すため、どうしても生地の目が詰まり、単調でべたっとした表情になってしまっていた。一方、新開発の生地では昔ながらのデニム同様に無骨でヴィンテージ感のある風合いに仕上げることができるとあって、デザイナーやこれまでストレッチデニムを敬遠していた消費者から好評を得ている。
また、生地を伸ばした後に元のように戻る回復率にも優れているので着用しているうちに、膝の部分が伸びてしまったり、ポケットがたわんだりすることもない。
北陸化繊が開発したこの糸はKUROのデニムのほか、タオル生地を使ったアパレルを展開するブランドに採用されるなどしており、徐々に業界での存在感を高めている。
北陸化繊はそもそも、カーテン用の生地などに使われる糸の仮撚分繊(かりよりぶんせん)加工を主力としていた。しかし、2008年9月のリーマンショックに端を発する世界的な不況によって、主要取引先だったドイツ企業の経営が傾き、新たな仕事の開拓を迫られることになった。そこで着目したのがデニム生地用の糸作りである。横山隆之社長がデニム好きだったことに加え、デニムはファッション市場の定番生地で、世界中で膨大な量が消費されていることが参入の決め手となった。
その後、事業が軌道に乗った大きな要因は、ユニクロやリーバイスなど有名ブランドにデニム生地を供給するカイハラが北陸化繊の製品のユーザーとなったことにある。
両社の関係が深まるきっかけとなったのは「パウダーデニム」と呼ばれる製品だ。これは緯糸に北陸化繊が製造した極細のポリエステル糸を使ったデニムで、滑らかな肌触りが特長だ。マウジーやギャップといったブランドのジーンズなどに使用され、現在まで続くロングセラーとなっている。
また、ユニクロとカイハラが2015年に共同開発したジーンズ「ミラクルエアー」には北陸化繊の手がけた中空糸が使用された。糸の中を空胴にすることで約60%も軽くしており、究極の軽量ジーンズとして人気を集めている。
カイハラとの取引は商社経由とはいえ、開発においては直接打ち合わせをする機会も多い。そんな中、課題となっていたのが、開発期間の長さだった。通常、糸を試作しても、それを生地メーカーが織り上げ、評価するまでには2、3カ月を要する。ここで、何か問題が見つかれば、また糸作りからやり直すことになるのだが、ファッション市場は流行の移り変わりが早いため、時間が長引けば長引くほど、製品化される確率は下がってしまう。 そこで、北陸化繊では2017年にISICOの次世代ファンドの助成金を活用し、織機を導入した。織機はデニム生地を織り上げるのに適したレピア織機で、現在は海外メーカーでしか生産されていないため、国産の中古機を購入した。カイハラの技術者に指導を仰ぎながら、社内で生地を織り上げるためのノウハウを身に付け、現在では生地の試作工程を2、3カ月から1 週間にまで短縮した。
横山社長は「お客様にとって、糸だけでは製品化した際のイメージが湧きにくく、評価もしにくい。その点、社内の織機で素早くサンプルを作ることができるようになって、生地の開発がスピードアップし、商談がまとまる確率もぐっと上がった」と話す。
織機の導入による効果はこれだけにとどまらず、横山社長は次のように話す。 「交通アクセスが良くなり、東京や大阪から商談に来るお客様は基本的に日帰りする。しかし、打ち合わせの内容を反映した糸をその日のうちに作って、翌朝には生地の試作品が出来上がると言うと、“じゃあ一泊していこう”という話になる。すると、アフター5に食事しながらビジネス以外の会話をして交流深めたり、潜在的なニーズを聞いたりすることができるので、その後の開発や提案にも役立っている」。
冒頭で紹介したような糸は付加価値が高く、価格は一般的なものに比べて2、3倍だ。その一方で、低価格のファッションが定着した現在の市場では、コストも重要な要素であることから、横山社長は「これまでにない製品を生み出すと同時に、今後はその製品の定番化に向けてコストを意識したものづくりを目指していきたい」と話している。
企業名 | 北陸化繊 株式会社 |
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創業・設立 | 創業 1977年5月 |
事業内容 | 撚糸・仮撚糸加工 |
関連URL | 情報誌ISICO vol.108 |
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備考 | 情報誌「ISICO」vol.108より抜粋 |
添付ファイル | |
掲載号 | vol.108 |