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金属を彫り、そこに別の金属をはめ込んで精緻(せいち)な文様を作り出す「加賀象嵌」は、江戸時代に刀のつばや乗馬する際に足を置く鐙(あぶみ)の装飾に利用された。この加賀象嵌の技術を生かして、アクセサリーを制作するのが長谷川真希さんである。平成26年には活性化ファンドの助成を受け、加賀手まりをモチーフにした新シリーズを開発。愛らしく上品なデザインは年齢を問わず幅広い層の女性から好評で、さらにラインアップを拡充しようと試作に励んでいる。
色鮮やかな絹糸で描くさまざまな文様が魅力の加賀手まり。この加賀手まりをモチーフに長谷川さんが制作するのが、加賀象嵌手まり「temari」と名付けられたアクセサリーで、これまでにネックレスや指輪、イヤリング、ピアス、ブローチ、かんざしなどを展開している。
使用するのは金、銀、銅のほか、赤銅(しゃくどう)や四分一(しぶいち)といった合金だ。銅に金を加えた赤銅はつやのある黒紫色に、銅と銀を混ぜた四分一は濃い灰色になる。これらの素材を組み合わせて象嵌を施したり、透かし彫りを入れたりすることで、加賀手まりの幾何学的な模様を表現している。
金沢市の工芸ショップ「金沢・クラフト広坂」で販売するほか、平成27年4月にISICOの推薦を受け、三越伊勢丹が世界に誇る日本の文化にスポットを当てるプロジェクト「ジャパンセンスィズ」に採用され、伊勢丹新宿店で展示即売会を行うなど、全国の百貨店での催事にも販路が広がっている。今後は自社サイトでの通信販売も視野に入れる。
愛らしく上品なデザインは、服装やシチュエーションを問わずに合わせやすいと幅広い年齢層の女性から好評だ。特に百貨店で購入した女性の80%はリピーターで、中には新作が出るたびに買い求めるファンもいるほどである。
長谷川さんは美術教師だった父の影響で、幼いころから美術・工芸に親しみ、とりわけ「控えめな色合いだけど存在感があって品がいい」と加賀象嵌に興味を抱いた。大学卒業後は、日本国内だけでなくアメリカやヨーロッパでも評価の高いジュエリーデザイナー中嶋邦夫さんの工房で修業した後、金沢卯辰山工芸工房に入り、加賀象嵌の作家で人間国宝の中川衛さんに師事。平成9年にジュエリーデザイナーとして活動をスタートした。
長谷川さんが加賀手まりをモチーフにしたアクセサリーを作り始めたのは今から10年前にさかのぼる。当初作っていたのは、現在のような球体ではなく、半球状のものだった。このタイプも評判は良かったものの、購入者から「球体のものがほしい」との要望が寄せられるようになり、活性化ファンドの助成を受けて開発に取り組んだ。
実現に向け、最大の難所となったのは寸法精度だった。加賀手まりの丸い形を表現するため、まず半球状のものを二つ作り、これらを接合して一つの球体にしている。つまり、それぞれの寸法が少しでも違っていたり、歪みや変形があれば、接合した際にきれいに仕上がらないのだ。
金属の板を半球状にするには、小さな金づちで叩いて少しずつ丸めていくのだが、長谷川さんの熟練した技術をもってしても、まったく同じ形状を量産するのは至難の業である。そこで長谷川さんは金属を丸める際に型を利用することで寸法精度を向上させ、同時に生産性もアップさせることに成功した。
長谷川さんの仕事は繊細そのものである。ネックレストップに使われるものは直径約2センチ。これに文様の輪郭を描き、タガネを打ち込み彫り込んでいくのだが、タガネの刃先はわずか0.5ミリに過ぎない。彫り込む溝の中には1ミリほどのごく細いものもある。さらに、後で埋め込む金属がしっかりと固定されるよう、溝の底部を別のタガネで彫って広げるというのだから、実に根気のいる作業である。
このような細かな作業を積み重ねた末にようやく完成する個性的な美しさ、それに加え、一つ一つ丁寧に手作業で作り上げるアクセサリーはどれも一点物というプレミアム感が、身に着ける女性に支持されているのだ。
また、1万円(税別)からと価格が手ごろなことも売れ行きが好調な理由だ。これは作業を外注せずに、長谷川さんが一人ですべての工程をこなすことで実現した価格である。
「気軽に身に付けてもらえればうれしいです。加賀象嵌と言っても県外での知名度は高くありませんから、まずはこのジュエリーをきっかけに知ってもらえればと思っています」(長谷川さん)。
長谷川さんの作るアクセサリーには、植物をモチーフにしたものや金箔を組み合わせたものもあるが、現在ではこれらに比べ、加賀手まりタイプの人気が高まっている。
そこで、長谷川さんが取り組んでいるのが透かし彫りを施したところに宝石を入れたり、透明の色付きガラスを流し込んで焼成する「プリカジュール」という技法を取り入れた新商品の開発だ。金属だけを使用している現在の商品に、さらに輝きや彩りが加わることで表情が一変し、デザインのバリエーションも広がる。長谷川さんは「今年中には完成させたい」と意欲を燃やし、現在、師匠である中嶋さんの指導も受けながら試作に取り組んでいる。
一方で、加賀手まりタイプの発売後、類似品も流通し始めたことから、「加賀象嵌手まり」「temari」を商標登録し、それらとの区別やブランド構築を進めている。
購入者からは「旅行で金沢を訪れる際、工房を見学させてもらえないか」といった連絡が来ることもしばしばで、金沢市内の自宅兼工房の1 階をギャラリーにする計画も進行中だ。
希少価値の高い加賀象嵌の技術をアクセサリーとして輝かせようと、金属片にタガネを打ち込む長谷川さんの手にもますます力がこもる。
企業名 | 希らら |
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創業・設立 | 創業 平成9年5月 |
事業内容 | 加賀象嵌アクセサリーの制作、販売 |
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備考 | 情報誌「ISICO」vol.94より抜粋 |
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掲載号 | vol.94 |