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「いしかわ産業化資源活用推進ファンド(活性化ファンド)」の採択企業、各種展示会の出展企業の商品等にスポットを当てます。
醤油や味噌、日本酒はもちろん、「かぶら寿し」や「いしり」など、石川県では多様な発酵食文化が受け継がれている。その担い手の一つが、明治33年創業の吉市醤油店だ。昔ながらの伝統を守って醤油を醸造する一方、近年では発酵食品のおいしさをさらに広めたいと、長年培ってきたノウハウを生かし、新商品づくりに励んでいる。
数ある発酵食品の中でも、石川県ならではと言えるのがフグの卵巣のぬか漬けである。フグの卵巣には猛毒が含まれており、食用には適さないが、石川県では古くから塩漬けした後、ぬかに漬け込んで発酵させて毒を抜き、珍味として食してきた。
このフグの卵巣のぬか漬けを、独自に調合した漬け床で再度漬け込んだのが吉市醤油店の「醸し漬(かもしづけ)ふぐの子」である。
醸し漬は、同店が醸造する国産丸大豆醤油のもろみに吟醸酒粕、みりん粕、みりん、酒米ぬか、北海道産糖蜜、能登産いしるを調合した漬け床でじっくり寝かせたものである。
フグの卵巣のぬか漬けに比べて塩辛くないので食べやすく、もろみの風味が移って、さらにおいしさが増す。また、フグの卵巣のぬか漬けは冷蔵保存しなければならないが、醸し漬は卵をほぐしてびん詰めし、殺菌しているので、常温での保存が可能だ。
ご飯の友や酒の肴(さかな)として、そのまま食べるのはもちろん、オリーブオイルなどと合わせてパスタソースにしたり、チーズやマヨネーズを加えて生野菜やクラッカーに付けるディップにしたりするなど、味や食感にアクセントを加える食材としても重宝する。
平成25年から、フグの卵巣のぬか漬けの老舗、(株)あら与(白山市)の新商品として販売するほか、同店のネットショップや金沢百番街にあるスーパーなどで販売しており、展示会などを通じてホテルや料理店で採用されることも増えてきた。変わったところでは、新郎新婦の顔写真や新居の住所を書いた特製ラベルを貼った木箱に入れ、引出物として使われたケースもある。
10月にはISICOが東京駅前の商業施設で開催した「石川のこだわり商品フェア」に出店。店主の吉田昇市さんは「個別に商談した百貨店などのバイヤーからはおいしいと言ってもらえたし、持っていった商品は完売した」と話し、今後は大都市圏の百貨店を中心に販路開拓を本格化させる考えだ。
吉市醤油店が醸し漬の開発に乗り出したのは平成22年にさかのぼる。
「食生活の変化によって、伝統的な発酵食品を食べる機会が減っている。発酵、醸造のプロとして、醤油のもろみを使って新しい発酵食品を開発し、その魅力をもっと多くの人に広めたい」。出発点となったのは、吉田さんが抱いていたこうした思いだった。
全国的に見て、醤油の出荷量は約25年前から減少傾向が続いている。同店も例外ではなく、伸び悩む醤油に代わって、企業の成長を牽引するような加工食品を開発したいとの思いもあった。
当初はたくあんをもろみに漬け込むことからスタート。続いて、さらに付加価値の高い商品づくりを目指し、ブリやサバの加工に取り組んだ。
漬け床の材料は先に述べた通りだが、決して初めからうまくいったわけではなく、材料の種類や量、入れる順番を変えながら、最もおいしさを際立たせる配合を探った。
もちろん、失敗もあった。例えば、頃合いを見計らって漬け床を確認したところ、サバの身が溶けてしまっていたこともその一つだ。原因は発酵が進み過ぎてしまったことである。発酵を抑えるならば、漬け床の塩分濃度を高めるのが手っ取り早いが、それでは味が塩辛くなる。そこで、温度や漬け込む時間を調節したり、みりんを加えるなどの工夫を凝らし、発酵を制御した。
生魚を扱ったことがなかったため、ブリやサバの下加工はあら与に依頼した。フグの卵巣のぬか漬けを醸し漬として漬け直すというアイデアは、あら与から「フグの卵巣のぬか漬けを製造する際に出る、袋の破れたものや色が悪いものを利用できないか」と持ちかけられたことがきっかけだった。もちろん、味に問題はない。それならばと、醸し漬の新たなラインアップに加えた。
「猛毒であるフグの卵巣を使った食品は珍しく、インパクトもある。ぜひ全国の人に知ってほしい」(吉田さん)との考えから、開発や販路開拓には平成25年度の活性化ファンドの補助事業を活用した。単なるもろみ漬けや既存の漬け物とは違う独自の漬け床を使っていることから、「醸し漬」と名付け、商標登録した。
醸し漬シリーズにはブリ、サバ、ふぐの子にニシンが加わり、現在は白山市の特産である堅豆腐の商品化に向け、試作が続いている。吉田さんは「今後も醸し漬にあった食材を探し、商品化に取り組みたい」と意欲を燃やす。
吉市醤油店では、醸し漬シリーズのほか、平成22年度にも活性化ファンド事業に採択され、商品開発を行っている。それが和風東蛮醤(とうばんじゃん)「太古楽(たいこうらく)」である。
これは、地元の伝統野菜である剣崎なんばを醤油のもろみに漬け込んで、発酵、醸造させた辛味調味料だ。炒めものや鍋料理などの味付けにぴったりで、強い辛みと深い旨みが楽しめる。
昨年8月には日本テレビの「満天☆青空レストラン」で紹介されたところ、1年をかけて販売予定だった2,000本が1カ月で売り切れた。そこで、昨年秋には確保できるかぎりの剣崎なんばを仕入れ、通常は1年間かけて発酵、醸造させるところを、室温を30度に上げて発酵、醸造のスピードアップを図り、今年7月、再発売にこぎつけた。
次々と商品開発に挑戦する吉田さんの背中を後押しするのは、「山静如太古(やましずかにしてたいこのごとし)」という吉市醤油店に伝わる家訓である。
吉田さんはこの家訓を「万物は留まり続けているように見えても、現存し続けるためには、絶えず再生と循環、成長をし続けなければない」と解釈している。
言い換えるならば、老舗だからといって伝統の上にあぐらをかくのではなく、時代とともに絶えず変わり続けることが必要ということであり、醸し漬や太古楽といった取り組みはまさに変化の表れと言えるだろう。
発酵、醸造のノウハウを生かし、老舗醤油店がこれからどんな変化を遂げるのか。今後のチャレンジに期待が高まる。
企業名 | 吉市醤油店 |
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創業・設立 | 創業 明治33年 |
事業内容 | 醤油醸造、加工食品・鯛型ポリ容器入り醤油の製造、販売 |
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備考 | 情報誌「ISICO」vol.79より抜粋 |
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掲載号 | vol.79 |