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熟練した職人による確かな縫製技術に定評のあるヒロ。海外勢の台頭で厳しさを増すばかりの業界にあって、新たな活路を見いだそうと自社ブランド商品の企画開発に力を注いでいる。規模は小さいながらも企画から製造まで一貫生産できるアパレルメーカーとして奮闘する同社の取り組みを紹介する。
Tシャツの襟や袖などに能登で織られた二越(ふたこし)ちりめんを縫い合わせた「DECO-T(デコ・ティー)」は、ヒロが作った第一号のオリジナル商品である。カジュアルなTシャツと伝統的な和柄の組み合わせが好評で、20~50代までの幅広い年齢層の女性から支持を集めている。
首都圏を中心にデパートの催事での販売が主で、徐々に人気が広がり、リピーターも増えてきた。得意客の中には「お金があっても、買いたい商品がない」という目の肥えた消費者も少なくない。昨年4月には、大沼洋美社長の念願だった伊勢丹新宿店でも販売し、上々の売り上げを記録した。「自分が作ったT シャツを一流の百貨店で売ることは私にとってファイナルステージ。もしも売れなかったら、DECO-Tの販売を考え直そうと思っていた」。大沼社長はそう話し、今後の販売に力強い手応えを感じている。
DECO-Tのほか、石川県産の上質な生地を使い、自社で縫製した「100you(ひゃくよう)ショール」も人気の商品だ。ショールはシンプルなデザインだが、ボタンで留められるようにするなど、100人100様のまとい方ができるよう工夫されており、平成24年度石川ブランド認定製品に選ばれている。
縫製用のミシンが並ぶ工房の隣には自社ショップもある。大沼社長によれば、縫製会社が独自に販売店を設けている例はほとんどない。店内にはヒロでデザイン、縫製したオリジナルのシャツやマントコート、マフラー、雑貨が並び、ブランド発信の拠点となっている。
そもそもヒロは、大沼社長の祖父が創業した老舗縫製会社の子会社として昭和49年に設立された。両社はシフォンやオーガンジー、サテンといった薄手の布の縫製を得意とし、大手アパレルメーカーからの注文を賃加工で請け負ってきた。
ところが約10年前から、事業を取り巻く状況は一変した。縫製の仕事は安価な労働力を強みとする中国への流出が激しくなった。一方、国際的な価格競争に対抗するため、国内では中国人研修生を受け入れてコストダウンに取り組む縫製会社が増えていった。
親会社とヒロが得意とする薄手の生地は、海外はもちろん国内でも縫製が難しいため、何とか仕事を維持することができたが、それでも、より短納期、より低価格を求められるうち、経営環境はじりじりと厳しさを増した。
こうした現状を打破するため、大沼社長はヒロを親会社から独立させ、これまで培ってきた縫製技術を生かして、オリジナルの洋服を企画、製造、販売するアパレルメーカーへと転身させた。
まず企画したのが、先ほど紹介したDECO-Tである。しかし、商品化するまでには多くの苦難があった。ハードルとなったのは特性の違う二つの素材の縫製である。Tシャツの素材である綿とちりめんは風合いや伸縮性が異なるため、単純に縫い合わせるだけでは、洗濯するとその部分がしわになったり、よじれたりしてしまう。そこで、大沼社長は工場の仕事を終えた後、夜なべして、ちりめんの形状や縫い付ける位置、縫い方などを工夫した。試作品は1年にわたって自ら着用し、何百回と洗濯して着心地や耐久性を確認した。
ようやく納得できる商品ができても、販売ルートの確保が新たな障壁となった。最初は石川県内で売ってみようと大沼さんは観光地にある土産店などに飛び込み営業をかけたが、扱ってくれる店は皆無だった。不安を募らせる大沼さんに手を差し伸べてくれたのは1軒の土産店だった。オリジナルの犬の洋服を作りたいとの相談に応えるうちに信頼関係が芽生え、DECO-T を店に置いてくれるようになったのだ。
そうした人と人とのつながりを大切にし、積み重ねていくことで、百貨店での催事にも声がかかるようになっていった。大沼社長は「多くの人との出会いに恵まれたおかげで今がある」と振り返る。
ところで、大沼社長のものづくりは洋服にとどまらない。その理由について大沼社長は次のように話す。「経験のないことにチャレンジして、新しいものを生み出すことが好き。洋服に限らず、私のできることは何でもやりたい。例えば異業種とコラボレーションするなど、大手メーカーとは違った方向で攻めたい」。
成果の一つが加賀毛針の老舗、目細八郎兵衛商店(金沢市)に協力して作った「お針箱」で、手のひらサイズの桐箱にハート型のガラスビーズをあしらったまち針、和柄の布地で手作りした針山、小型の糸切りバサミなどの裁縫道具がセットになっている。
ヒロではこのお針箱を三段重ねにしたオリジナル商品を、平成24年にニューヨークやパリで開かれた未来型の日本の工芸を世界に発信する展示販売会に出品。家庭画報に掲載されるなどして、予想を大幅に超える受注が舞い込んだ。
さらに今年度は、ヒロをはじめ、九谷焼のスマートフォンカバーや世界一軽くて薄い生地を使った加賀友禅のスカーフなどを製作する異業種4社で構成する中小企業グループが経済産業省のJAPANブランド育成支援事業に採択された。今年2月にはその手始めとして、ニューヨークでの市場調査やバイヤーとの商談に取り組んだ。
石川から全国、そして世界へ。市場は広がっても、祖父や父から受け継いだ「まごころでものづくり」の精神は変わらない。大沼社長は「地域に仕事を回せるようなメーカーとしてもっと力を付けたい」と話し、熟練の縫製技術と創意工夫、エネルギッシュな行動力を武器に一層の成長を目指す。
企業名 | 株式会社 ヒロ |
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創業・設立 | 設立 昭和49年4月 |
事業内容 | 婦人服・子ども服の企画・製造・販売 |
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備考 | 情報誌「ISICO」vol.74より抜粋 |
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掲載号 | vol.74 |