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販路開拓や納期短縮、コスト削減など、さまざまなメリットを生み出すIT。
その有用性については誰もが認めるところであり、ビジネスの現場においても大きな変革をもたらしてくれる便利な技術である。
しかし、中小企業に目を向けてみると、有効に活用されておらず、
そのために競争力の向上や経営革新に結びついていないのが現状と言われている。
そこで、今回の特集では積極的にITを駆使して成果を挙げている県内中小企業の取り組み、
あるいは導入をサポートしてくれる企業の声を通して、IT活用を成功させるためのポイントを探った。
まずは下に示した図を見てほしい。これは、2007年版中小企業白書に掲載された、経営者が考える「事業を展開する上での課題と関心」についての統計である。景気が回復基調にあるとはいえ、いまだ厳しい経営環境に置かれる中小企業にあって、「売上の減少・競争の激化」「人材の確保・育成」「資金調達」が大きな課題としてとらえられている一方、「情報化」に寄せられる関心はかなり低いことが分かる。
ところで、中小企業庁が掲げる中小企業IT化推進計画によれば、中小企業のIT化は次の3段階に分けられるという。
第1は、パソコンやインターネット、EメールなどIT化を進めるための情報ツールを導入する「基盤整備」。そして、第2段階は、会計処理や伝票発行業務など、個別業務におけるソフトウェアの導入やシステム構築がなされる「業務改善」のためのIT化だ。
多くの企業にとって、既に取り組んできたのは、この「基盤整備」「業務改善」の段階ではないだろうか。実際、IT活用に関する実態調査の結果を見ても、IT導入によって期待通りの効果を挙げたものとして、「事務等、定型業務の生産性向上」を挙げる声が多い。しかし、これだけでは、業務のスピードアップなど、ある程度の効果は期待できても、利益に直接的には結びつくようなことはない。
そこで、必要となるのが第3段階の「経営革新」のためのIT活用だ。これは、社内の経営資源の活用や企業間取引などに、情報システムやネットワークを利用して、企業活動全体の経営革新やその最適化を実現する段階である。そして、この段階まで来て初めてIT化のメリットが最大限に引き出されるのだ。
では実際、どのようにITを活用して、効果を挙げたのか、県内中小企業の取り組みを見てみよう。
油圧プレス機を製造するアサイグループでは、グループ内で開発業務を担う浅井興産が携帯電話を使った棚卸しシステムを独自に開発し、在庫管理などに活用している。
システムの流れは次の通りだ。まず、部品の保管場所に、あらかじめ部品名などを登録したQRコードを貼っておき、それを携帯電話のカメラで読み取る。次に、自動的に呼び出された登録画面に部品の在庫数を数えて入力。すると、データは工場内に整備された無線LANを介してサーバーに送られ、在庫状況がリアルタイムに更新されていく。
プレス機の製造に必要となる部品は1台につき約300~10,000点にも上る。昨年9月、同社がこのシステムを使って棚卸ししたところ、例年ならば約3週間かかっていた作業を、わずか1時間半で終えられたという。「棚卸しがゲーム感覚でできるので、仕事が楽しくなった」と若い社員からの評判も上々だ。
この棚卸しシステムは今年7月、優れた情報システムを構築し、成果をあげた企業、団体を表彰する「IT Japan Award 2007」(日経コンピュータ主催)の特別賞に選ばれた。
システム構築のきっかけとなったのは2年前の工場移転だった。このとき同社では工場内に無線LANを整備。無線LANに対応した携帯電話を内線通話用に使用することにした。「工場内を飛び交う呼び出し放送がうるさいので何とかするように指示をしたんです。それに、呼び出されるたびに作業を中断したり、取り次ぎのメモを確認するために事務所に戻っているようでは効率が悪いですから」と話すのは同社の浅井重晴社長だ。
浅井社長の命を受けて実務に当たったのは北山由美管理部長だ。工場内では電波が反射、遮断されるケースが多く、無線LANの構築が難しいといわれるが、ユニアデックス(東京)の協力を得て、無線LAN環境を整えた。
VoIP技術の活用によって通話料が削減できるとはいえ、それだけでは大きな投資を回収できない。そこで北山部長が、携帯電話のQRコード読み取り機能に着目して、自ら考案、開発したのが、棚卸しシステムだった。
もちろん、年に1~2回の棚卸しの省力化だけが目的ではない。真の狙いは在庫削減や生産管理にあり、同社では、リアルタイムに在庫を確認することで、従来に比べて約20%の削減を見込んでいる。
北山部長は、「ITはあくまでも道具に過ぎない。働いている人が意識を変え、考えて行動を起こさなければ、効果は挙がらない」と話す。
浅井興産の成功の背景としては、さらに二つの要因を挙げておきたい。一つは経営トップの理解である。IT化の推進には投資や人材確保・育成などが不可欠となるため、経営者自らが推進責任者として関与することが重要である。
同社の場合、古くはオフコンの導入にはじまり、2000年問題への対応を契機としたパソコンへの切り替え、女性社員2人によるシステム開発部門の設置など、経営者が旗振り役となり、積極的に情報化を進めてきた経緯がある。
もう一つは、社内でのシステムエンジニアの育成と経営管理部門への登用である。システム開発においてはしばしば、業務の実際や経営上の問題点が把握できていないばかりに、せっかくオーダーメードで作ったのに現場のニーズにフィットしないというケースが散見される。その点、同社においては北山部長が独学でITに関する知識やノウハウを体得していたほか、こうした人材を経営管理に携わらせることで、本当に有用な仕組みづくりに成功したと言える。
同社では今回開発した棚卸しシステムを「てきぱケータイ らくらく棚卸」と名付けて商品化、NTTドコモ北陸と協力して販売している。今後も業務の“見える化”を目指して、ITをどう活用すればよいかアイデアを練っている。
企業名 | 浅井興産株式会社 |
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創業・設立 | 設立 昭和22年12月 |
事業内容 | プレス機、省力化システムの製造 |
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備考 | 情報誌「ISICO」Vol.36より抜粋 |
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掲載号 | Vol.36 |