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総額400億円のファンドの運用益を活用し、中小企業の商品開発などを後押しするISICOの「いしかわ中小企業チャレンジ支援ファンド事業」(以下、チャレンジ支援ファンド)では、5年間で348件を採択した。採択された企業はその後、どのように助成金を活用し、成果に結び付けているのだろうか。ここでは4社をピックアップし、現在までの取り組みや今後の展望について紹介する。
ハンドメイドの腕時計を製造・販売しているシーブレーンは、チャレンジ支援ファンドの助成を受け、新たに置き時計を開発した。同社は15年ほど前から日本の伝統的な技術や素材を用いた腕時計作りに力を入れており、置き時計でもそのコンセプトを踏襲した。
製品の大きさは直径約10センチ、厚さ約5センチ。持ってみると、まるで茶碗のように手のひらにフィットする。それもそのはずで、ボディは約400年の歴史を持つ山中漆器を手がける木地師が手作りしている。回転させた木材に刃を当てて削り造形する「ろくろ挽(び)き」という手法が用いられ、手触りはなめらか。ケヤキの美しい木目も印象的だ。
文字盤は二種類ある。一つは、天然の鉱物を砕いて作る「岩絵の具」を塗った文字盤で、ザラザラとした質感が特徴だ。岩絵の具とは、主に日本画で使用される顔料で、鉱物の種類ごとにさまざまな色を表現できる。全12色を展開し、例えば、「ブラックトルマリン(鉄電気石)」の岩絵の具が塗られた文字盤は、漆黒の下地に石の粒がキラキラと輝いて星空のようだ。
もう一つは、金沢市二俣町で生産される二俣和紙の上に金箔やプラチナ箔を貼り、はけなどで余分な箔を払い落とす「摺箔(すりはく)」で作った文字盤。和紙の凹凸を生かした模様は、山水画をイメージさせる。
また、岩絵の具と摺箔を組み合わせたデザインの製品も数種類、ラインアップに加えた。
助成金が採択されたのは2020年9月で、置き時計の販売開始は21年12月。1年3カ月という短期間での開発だった。原動力となったのは、新型コロナウイルスの影響で落ち込んだ売り上げに対する危機感だ。
実は数年前から、「置き時計を作ってほしい」という要望が顧客やバイヤーなどから寄せられていたが、腕時計の企画開発や販売に手一杯で、なかなか着手できずにいた。
そんな中、新型コロナの感染が広がると、売り上げの要だった百貨店での催事がまったくなくなったことに加え、多くの人が外出を控えて腕時計を身につける場面が少なくなった。何とか苦境を打破しようと、スタートさせたのが置き時計の開発だった。
完成にこぎ着けたものの、新型コロナの影響は長引き、販売経路は当初、ウェブ上に限られた。徐々に売れていったのは、過去の腕時計の購入者がリピーターとなったからだ。「当社の新製品に期待してくださるファンがいることを、あらためて知る良いきっかけにもなった」と井波人哉社長は振り返る。
昨年からは、対面での販売機会が増えてきた。井波社長は、製品を手に取り、文字盤をのぞき込む人々の表情を見て、手応えを感じているそうで「置き時計は着実に販売個数を伸ばしており、腕時計に次ぐ主力になってきた」と話す。
助成金を活用し、置き時計専用の海外向けオンラインショップも立ち上げた。狙いは世界市場への進出だ。腕時計の場合、購入者自身が電池を交換するなどのメンテナンスが難しく、海外展開のネックとなっていた。その点、置き時計は単3電池を取り換えるだけで済み、それほどのメンテナンスも必要としないため、海外へも販売しやすいというわけだ。
置き時計は現在、1万5,000円ほどで販売しているが、今後は本体に輪島塗を用いた製品の開発も検討している。当然、価格は跳ね上がるが、決して利益拡大ばかりが狙いではない。伝統的な技術や素材が持つ「日本固有の美意識」に親しみ、日本文化への理解と関心をさらに高めてもらうきっかけになればとの思いがそこにはある。井波社長は「腕時計も置き時計も、毎日身につけ目にするものだからこそ、そっと寄り添い、そっと幸せを感じてもらえるものを作り続けていきたい」とそっと力を込める。
企業名 | 有限会社 シーブレーン |
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創業・設立 | 創業 1994年11月 |
事業内容 | ハンドメイドによる時計の企画、製作、販売 |
関連URL | 情報誌ISICO vol.127 |
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備考 | 情報誌「ISICO」vol.127より抜粋 |
添付ファイル | |
掲載号 | vol.127 |