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ISICOが国の委託を受けて運営する「石川県事業承継・引継ぎ支援センター」では、2015年度の開設以降、累計で1,585件の相談に対応し、事業承継の成約数は217件を数える。近年増えているのが、親族や従業員・役員ではなく第三者に譲渡したい、あるいは後継者のいない中小企業を引き継いで創業したいという相談だ。そこで今回の巻頭特集では同センターが第三者承継をサポートした2つの事例を紹介しよう。
白山市の山あいで植林や枝打ち、間伐といった山林の管理代行を手がける桑木は2021年5月、東京都西多摩郡にある森田紙業にすべての株式を譲渡し、子会社となった。現在、森田紙業の社長を務める森田臣さんが桑木の社長を兼務し、それまで桑木の経営を舵取りしてきた杉田雅英さんは代表権のない会長を務めている。
森田紙業はセメント袋や米袋に使われるクラフト古紙専門のリサイクル会社だ。人口減少やペーパレス化が進むと同時に古紙の発生も減っていることから、20年に創業70周年を迎えたのを機に100年企業を目指して次の一手を打とうと、森田さんは古紙を原料とするバイオマス燃料の製造などにも取り組んできた。
新たな事業の柱づくりに向け、さまざまな可能性を探るうち、森田さんが興味を持ったのが紙やバイオマス燃料と密接な関係にある林業だった。ロシアのウクライナ侵攻によって輸入木材の価格は高騰し、国産材に回帰する流れが加速している。森田紙業には大手製紙メーカーと取引するなど、有効に使えそうな経営資源もある。そこで、森田さんは林業を起点とした新ビジネスの創出に向け、M&Aについても検討しようと、東京都多摩地域事業承継・引継ぎ支援センターに相談に訪れた。
国が全国の都道府県に設置する事業承継・引継ぎ支援センターでは、相談案件をデータベース化して情報共有し、広域マッチングに取り組んでいる。多摩地域のセンターが林業を営む会社をデータベースで照会したところ、唯一、該当したのが桑木だった。
桑木の社長を務めていた杉田さんは、同社に山林の管理を委託している山主から会社の先行きを心配する声を聞いたのをきっかけに事業承継について真剣に考えるようになった。2人の娘やその夫、従業員に確認したところ、承継の意思はなかった。とはいえ、山は地域の財産であり、自分が引退したら、管理もやめるという無責任なことはできない。それならば、元気なうちに後継者を探そうとISICOが運営する石川県事業承継・引継ぎ支援センターを訪れ、その情報がデータベースに登録されていた。
マッチングから事業譲渡契約の締結まではとんとん拍子に進んだ。同センターで両者をサポートした北渡コーディネーターは「森田さんが熱意をもって石川に何度も足を運んでくれた。林業の現場はもちろん、業界団体や地元の関係者のところへも積極的に出向いてくれたおかげで承継がスムーズに進んだ」と振り返る。
「これまでは切り出した木を建築資材として販売するだけだったが、森田さんは経営を好転させるため、幅広い視点で柔軟に考え、アイデアを提案してくれるので、うれしく思っている」。こう杉田さんが話すように、事業承継後、桑木では新たな試みが始まっている。その第一弾として売り出したのが「くまはぎの薪」と名付けたキャンプ用の薪だ。
くまはぎとは熊が甘皮をなめるために樹皮を剥ぐことで、近年被害が広がっている。樹皮を剥がされた木は売り物にならず、枯れるまで放置されることも多い。森田さんはこれに目を付け、長さ40センチほどにそろえて1箱約3キロの薪として商品化した。
22年5月からクラウドファンディングサイト「Makuake(マクアケ)」で先行販売したところ、当初目標の5倍近くを売り上げ、大きな関心を集めた。現在はAmazonで販売するほか、白山市のふるさと納税の返礼品としても活用されている。
くまはぎの被害にあった木の活用は薪にとどまらない。今後はバイオ炭(木炭や竹炭など生物資源を材料とした炭化物)を製造し、「Jクレジット」による利益拡大にも挑戦する。Jクレジットとは、適切な森林管理などによって削減・吸収した温室効果ガスの量を国が認証し、売買できるようにした制度だ。
桑木は県内の農業者と連携してくまはぎの木材で作ったバイオ炭を土壌改良材として農地にまき、本来排出される予定だった温室効果ガスを土壌中に貯留することでJクレジットを取得し、環境保全に貢献したい企業や団体に販売する。またバイオ炭を使用し、有機農法として生産された農作物や日本酒などの加工品の付加価値をアップさせていくことにもつながる。
事業承継後、月に1度は石川県に入り、新たなビジネスの可能性を探る森田さん。「林業は面白いし、活性化の余地も大きい。新規事業を立ち上げると同時に働いて楽しい会社づくりをして、林業に従事してくれる人を増やしたい」と話し、会社を力強く牽引する。
企業名 | 株式会社 桑木 |
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創業・設立 | 設立 2001年5月 |
事業内容 | 林業および山林の管理・請負、ウェブサイト作成・運営代行、薪・雑貨類の販売 |
関連URL | 情報誌ISICO vol.134 |
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備考 | 情報誌「ISICO」vol.134より抜粋 |
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掲載号 | vol.134 |