本文
ISICOが国の委託を受けて運営する「石川県事業承継・引継ぎ支援センター」では、2015年度の開設以降、累計で1,585件の相談に対応し、事業承継の成約数は217件を数える。近年増えているのが、親族や従業員・役員ではなく第三者に譲渡したい、あるいは後継者のいない中小企業を引き継いで創業したいという相談だ。そこで今回の巻頭特集では同センターが第三者承継をサポートした2つの事例を紹介しよう。
「三代目 利久」は金沢市内にある日本料理店だ。伝統的な日本料理の技法をベースに、より幅広い世代にその魅力を味わってもらおうと、牛ヒレ肉のパイ包みなど、従来の概念に捉われない献立も提供している。
同店はオーナーで料理人の藤井壽人さんが2022年2月にオープンした。もともとは30年ほど前に、前オーナーの高田和名利さんが「割烹 利久」として創業したのが始まりだ。高田さんが加齢による体力の衰えを感じ、65歳で引退を決めたため、藤井さんがバトンを受け継ぎ、店を切り盛りしている。
「ゼロから開店することを思えば、初期投資が抑えられて助かった。新規客や私がこれまで勤めていた店のなじみ客に加え、以前から利久をひいきにしてくれている地元客が足を運んでくれるのもありがたい」と話す藤井さん。
コロナ禍のトンネルをくぐり抜け、ようやく客足が上向いてきたタイミングで能登半島地震が発生し、1月は会社関係の予約に多くのキャンセルが出た。しかし、地元客に支えられ、終わってみれば前年同月を上回る売り上げを記録し、「これからはもっと忙しくなるはず」と前を向く。
藤井さんと利久は縁が深い。中学卒業後、板前を目指す藤井さんが最初に弟子入りしたのが同店だった。12年間修業した後、他の店でも勉強したいと大阪の日本料理店や金沢の温泉旅館で働き、研さんを重ねた。北陸新幹線の金沢-長野間が開業した2015年には金沢駅前に開店した日本料理店に料理長として迎えられ、腕を振るった。
利久の創業者である高田さんからそろそろ引退したいので、跡を継いでくれないかと打診があったのは、それから間もなくのことだった。高田さんには一男一女がいるが、2人とも料理の道に進んでおらず、オーナーとして承継する意思もなかった。
「将来は独立して自分の店を持ちたい気持ちを持っていた。自分に手ほどきしてくれた師匠から店を託したいと言われ、うれしかった」と振り返る藤井さん。とはいえ、料理長という責任ある仕事を投げ出すわけにもいかなかった。その後、前職の責任を全うし、事業承継に取り組んだのは、打診を受けてから5年後のことだった。
店を引き継ぐと言ってもどうすればよいのか。師弟の関係とはいえ、口約束だけでは後々、トラブルにならないだろうか。そう心配する藤井さんが相談に訪れたのがISICO内にある石川県事業承継・引継ぎ支援センターだった。
藤井さんは後継者人材バンクに登録後、専門家の力を借りながら双方が納得できる内容を盛り込んだ事業譲渡契約書を作成、調印した。具体的には什器や設備は無償で譲渡してもらい、食器は無償で借り受けた。土地や建物は購入せず、所有者である高田さんと賃貸契約を結んだ。藤井さんは「誰に相談すればよいか分からなかったので助かった。公的な機関なので安心して相談できた」と話す。
開業から約2年がたち、経営面では気苦労も多いが、理想とする店を思い描きながら、自分で判断し、決定できる点に醍醐味を感じ、「事業承継してよかった」と笑顔を見せる。
「県外からお客さんが来たときに、地元の人が紹介したくなるような店にしたい」と意欲を燃やす藤井さん。その挑戦はまだ始まったばかりであり、今後どんな料理店に成長していくのか期待が高まる。
企業名 | 三代目 利久 |
---|---|
創業・設立 | 創業 2022年2月 |
事業内容 | 日本料理店 |
関連URL | 情報誌ISICO vol.134 |
---|---|
備考 | 情報誌「ISICO」vol.134より抜粋 |
添付ファイル | |
掲載号 | vol.134 |