本文
長年、情熱を注いできた事業を誰にどう託すかは、経営者にとって大きな悩みだ。いつか訪れるその日に向け、早めに準備を進めることが重要である。この際、頼りになるのが、国の委託を受けてISICOが運営する「石川県事業承継・引継ぎ支援センター」だ。同センターでは、経験豊富な専門家が事業承継に関するあらゆる相談に無料で対応する。今回の巻頭特集では、同センターのサポートを受け、未来に向けて力強く歩き始めた二つの事例を紹介する。
金沢市の中心部に立地し、賃貸や売買などを幅広く手がけるアイシン不動産。丁寧な対応が持ち味で、既存客からの紹介案件の多さはその証左と言える。
そんな同社が事業承継したのは、2023年7月のことだ。従業員承継により、現在取締役会長を務める武部守男さんに代わって、越村幸平さんが代表取締役に就任した。越村さんは同社の3代目社長にあたり、創業家以外からの就任は初となる。
越村さんは高校卒業後、空港運営会社に4年間勤務した。退職後、自身を見つめ直すためにヨーロッパを旅行中、偶然、休暇中の武部さんと出会い、これが縁で23歳の時にアイシン不動産に入社した。
入社後は営業力を発揮し、トップセールスマンとして活躍。常務取締役を経て、経営トップに就いた。武部さんは事業承継後、代表権を持たずに取締役会長を務め、経営の実務を越村さんに一任している。
越村さんが武部さんから事業承継を打診されたのは、社長就任から1年半ほど前にさかのぼる。武部さんは高齢を理由に退任を考えるようになったが、事業承継の意思を持つ親族がいなかったことから、営業の柱として長く会社を支えてきた越村さんに白羽の矢を立てた。越村さんは以前から「いずれ会社経営に携わりたい」との思いがあり、武部さんの申し出を二つ返事で引き受けた。
事業承継を具体的に進めるため、武部さんが相談に訪れたのが石川県事業承継・引継ぎ支援センターだった。二人は同センターのアドバイスを受けながらまとめた事業承継計画に2022年3月に合意。それまで武部さんを含め創業家の3人で100%保有していた株式のうち、70%を越村さんが自己資金で取得するかたちで事業を承継した。残る30%は武部さんが保有する。
事業承継の際に障壁となることの多い株式の取得金額や割合、権利関係については、デリケートな問題だけに当事者同士が本音で話し合うのは難しい面もある。この点について、越村さんは「雇われ社長にはなりたくなかった。支援センターのコーディネーターがそれぞれの意向をくみ取り、株式の適正な評価額を算出した上で、丁寧に調整してくれたおかげでスムーズに承継することができた」と振り返る。
越村さんは従業員承継のメリットについて、「働く人の視点を経営に生かせること」と話す。その言葉通り、社長就任から間もなく、従業員目線での改革に着手した。例えば、有給休暇を取りやすくするため、取得奨励期間を設けたのもその一つ。会社からの積極的な働きかけにより、従業員が気兼ねなく有給休暇を取得できるようになった。
また、以前は仕事が属人化し、個人プレー中心の営業スタイルだったが、将来的な組織拡大を見据え、情報を共有し、ベテランが若手をフォローしながらチームで取り組む営業スタイルに少しずつシフトしている。
今後は、従業員の会社への帰属意識や経営への参画意識を高めるため、会社の決算情報なども、できる限りオープンにする方針だ。
事業承継後、業績は堅調である。「少しずつでも成長を続けることが一番。いずれは売り上げと社員数を倍増させたい」とビジョンを描く越村さん。新たなリーダーの下、未来への一歩を踏み出したアイシン不動産のこれからの躍進に期待したい。
企業名 | 有限会社 アイシン不動産 |
---|---|
創業・設立 | 創業 1970年12月 |
事業内容 | 賃貸物件の仲介・管理、不動産の売買・仲介、損害保険代理業 |
関連URL | 情報誌ISICO vol.140 |
---|---|
備考 | 情報誌「ISICO」vol.140より抜粋 |
添付ファイル | |
掲載号 | vol.140 |