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激動の時代を生き抜くには、変化を恐れず挑戦する勇気が必要だ。
今回の巻頭特集では、デジタルとアナログを融合させ、独自のアプローチで生産性を向上させた企業や海外へと販路を伸ばし事業を飛躍させた2社を紹介。その変革のメソッドから、現状を打ち破るヒントを探った。
大正時代から氷の製造、販売を手がけるクラモト氷業は、徹底した品質へのこだわりと顧客のニーズに応える対応力を武器に海外市場を切り開き、成長を続けている。
2019年にアメリカへ輸出したのを皮切りに、2023年にはオーストラリア、2024年にはシンガポールへと販路を拡大。初年度に約300万円だった海外市場での売上高は30倍以上に伸び、会社の成長を強力に牽引(けんいん)する。
躍進のベースとなるのは品質だ。同社では軟水を72時間から96時間かけて、攪拌(かくはん)しながらゆっくりと凍らせていく。水の分子がミネラルなどの不純物よりも先に凍る性質を利用し、不純物を含んだ水を取り除きながら凍らせることで、溶けにくく透明で硬い理想の氷を作り上げていく。同社の蔵本和彦社長は「ゆっくり溶けるので、飲み物の味が薄くなりにくい。溶け出した水も無味無臭で、ウイスキーやカクテルの繊細な味わいを最後まで損なわない」と胸を張る。
高品質な氷をグラスやドリンクに合わせて多様な形で提供する技術力も強みだ。例えば、細長い形にカットした「スティックST」(35×35×125mm)は炭酸入りアルコール飲料にぴったりの氷だ。炭酸は氷に触れた瞬間に抜けてしまうが、スティックSTは複数の氷を使うよりも表面積が少ないため、炭酸が抜けにくく、ハイボールなどに好んで使われている。
国内の飲食業向けを主力としてきた同社が海外展開を目指したきっかけは、11年前に蔵本社長が新婚旅行で訪れたラスベガスでの体験だった。現地のバーで提供される氷が、すぐに溶けてしまい飲み物の味を損なっている現状を目の当たりにし、ビジネスチャンスがあると直感したのだ。この気づきを蔵本社長がSNSで発信し続けたことが、運命的な出会いを引き寄せた。ロサンゼルスで食品商社に勤める日本人男性が蔵本社長の投稿を見て、連絡してきたのだ。ここから輸出に向けた動きが本格化していった。
しかし、海外事業が具体化するにつれて浮き彫りになったのが、製造物責任に関する訴訟、代金の未回収といった潜在的なリスクである。ISICOやJETRO(日本貿易振興機構)に相談を持ちかけ、専門的な助言を仰いだ蔵本社長は「リスクゼロはあり得ない。どこかで覚悟を決めて踏み出す必要がある」という結論にたどり着いた。
そして、想定されるリスクがすべて顕在化した場合の最大損失額を1,000万円と試算。「その額であれば、たとえ失敗してもリカバーできる」と腹をくくり、アメリカへの輸出を決断した。
現在、アメリカではラスベガスやロサンゼルス、ニューヨーク、シカゴなど、主要都市のバーやレストラン、500軒ほどに氷を納めている。その透明度と品質の高さが、バーテンダーや客から好評を得ている。
もちろん、成功を後押ししたのは品質だけではない。例えば、物流網は自社で構築するのではなく、食品商社の既存のネットワークを活用したこともその一つだ。これにより初期投資を抑えながら各地へ効率的に製品を届けるサプライチェーンを確立した。
また、まずは影響力のある店やブランド力の強い店に製品を導入してもらい、信頼性や認知度を高め、他店の導入を促進する営業戦略を採用。都市ごとに微妙に異なるサイズなどの要求にも、きめ細かく対応した。
船便での輸送時に発生した氷の破損に対しても、港まで出向いて荷役作業員に丁寧な取り扱いを直接要請するなど、地道な交渉で品質を維持した。
こうした取り組みには、現地の文化や商習慣を深く理解するパートナーが大きな役割を果たしている。
海外事業の急成長により、ここ5、6年で従業員数は倍増し、その多くが生産部門の強化に充てられている。補助金も積極的に活用し、増加する需要に対応するための設備投資に取り組んでいる。勢いをさらに加速させるため、今年は海外事業を統括する新会社「クラモトアイス・グローバル」を設立。次のターゲットとして、カナダやサウジアラビア市場の開拓準備を進めている。
また、同社ではISICOの新商品・新サービス開発支援事業助成金を活用し、加賀棒茶や能登産のイチゴ、五郎島金時など県産食材を使ったかき氷のシロップを開発中で、来年の完成を予定する。口に入れるとすっと溶ける、雪のようにふわふわとした食感の日本のかき氷を世界に広め、氷の用途と価値を拡張させる戦略に役立てる計画だ。
老舗企業が果敢にグローバル市場を切り拓く姿は、海外展開を模索する日本の中小企業にとって、示唆に富む変革モデルと言えそうだ。
企業名 | 株式会社クラモト氷業 |
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創業・設立 | 創業 1923年 |
事業内容 | 純氷の製造・販売、かき氷の移動販売など |
関連URL | 情報誌ISICO vol.142 |
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備考 | 情報誌「ISICO」vol.142より抜粋 |
添付ファイル | |
掲載号 | vol.142 |