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企業の成長において重要な役割を果たすブランド戦略。自社の技術や製品に込めた思い、ものづくりの背景にある物語を顧客と直接分かち合うことができれば、信頼関係を強くし、競合との差別化を図ることが可能だ。ブランドの価値が高まれば、価格競争から脱却でき、利益率の向上にもつながる。魅力的なブランドイメージは優秀な人材の獲得にも寄与する。今回の巻頭特集ではブランド戦略の強化によって、さまざまな成果を挙げている県内企業2社を紹介する。
伝統工芸の産地が厳しい状況に直面する中、山中漆器の製造、販売を手がける我戸(がと)幹男商店は、独自のブランド戦略によって企業価値を飛躍的に高め、業界に新たな光を灯している。
同社のブランディングへの挑戦は、深刻な危機感から始まった。我戸正幸社長が東京から家業に戻った2000年代初めは、平成不況の真っ只中で会社の売り上げはバブル期の3分の1まで低迷していた。父から開発を任され、利便性や機能性を重視した新商品を次々と投入したものの、激しい価格競争の中に埋没するだけだった。
こうした状況を打破しようと、我戸社長が考えたのが、価格競争から脱却し、顧客の心に刺さり、共感や愛着を生み出す、情緒的な価値を追求することだった。そして、その価値を具現化する手段が伝統工芸にデザインを取り入れることだった。
産地の技術を見つめ直し、現代の感性で再定義する。そんなブランド戦略の核となったのは、外部デザイナーとの積極的な協業である。当初は(一財)伝統的工芸品産業振興協会が主催するデザイナーとのマッチング事業に参加し、商品開発に取り組んだ。
デザイナーの提案をそのまま受け入れ産地や自社の強みを見失ったり、販路や競争力が全くない市場に向けた商品開発で失敗したりと、当初の道のりは平坦ではなかった。
しかし、三度目の正直で大きな転機が訪れる。きっかけは、ドイツ・フランクフルトの国際見本市に南部鉄器の会社と共同出展する際、鉄瓶に合うデザインを開発し、茶葉の種類や容量などをヨーロッパ基準に合わせた茶筒を企画したことだった。この際、金沢美術工芸大学の安島諭さんをデザイナーに迎え、開発した茶筒が「KARMI(かるみ)」シリーズだ。
「不易流行という言葉を念頭に、ゼロから作るのではなく、産地で受け継がれてきたものをベースにリ・デザインすることを意識した」と我戸社長。曲線が美しい柔らかなフォルムの木地に、山中漆器の伝統的な加飾挽き(※)である「千筋(せんすじ)」と呼ばれる精緻な筋の模様を表面に施した商品群は、バイヤーや消費者から好評を得た。グッドデザイン賞・中小企業庁長官賞(2010年)やドイツ・デザインプラス賞(2011年)、そして国際的に権威があるドイツ連邦デザイン賞銀賞(2012年)を受賞し、同社の知名度が上がると、デザイナーからオファーが舞い込むようになり、現在では国内外のデザイナー14人と協業する。
※木地をろくろにかけ、刃物を当てながら回転させることで加飾する技法。
消費者とブランドとの接点を増やすため、2017年には山中温泉に直営店「GATOMIKIO/1」をオープンした。これにより、産地からの発信力が強化され、観光客や飲食店、ホテル・旅館など、従来主力の販路としていたB to Bとは違う、D to Cの顧客層を開拓した。
さらに、新型コロナの流行により、卸売りや直営店への来店が激減したタイミングで、オンラインストアを整備した。この際、新たに外部クリエイティブディレクターと契約し、公式サイトやオンラインストアはもちろん、店舗や展示会の造作やショッパー、名刺、封筒、請求書など、すべてのツールでブランドの世界観の統一を目指した。
また、2023年には若手職人を育成する「我戸幹男研究所」を設立した。産地の未来を担う人材が技術の研さんに励むのと同時に、製作工程の見学も受け入れ、観光客らを引きつけ、地域の魅力や、職人の働く環境のイメージを変える役割を担っている。
一連のブランド戦略がもたらした成果は、多岐にわたる。最も顕著なのは、企業の収益性の劇的な改善である。商品の付加価値が高まり、直販比率が高まったことで、粗利はバブル期の2倍に達し、職人への工賃の還元と全社員が現代の働き方に対応した良好な労働環境を実現した。
我戸社長はブランディングの成功の根幹には「商人力」、すなわち「三方よし」の精神があると話す。職人の技術や産地の魅力を正しく伝えること。同社が商品に誇りを持ち笑顔で発信をすること。そして顧客が山中漆器の美しさや技術にほれ、買って良かったと心から満足すること。「売り手よし、買い手よし、世間よし」を追求する意識や姿勢こそが、山中漆器の商人としての真のブランディングにつながるというわけだ。
ブランドの価値を高めるため、同社ではISICOの成長戦略ファンド事業を活用し、ろくろ技術を使ったスツール「GATOMIKIO/jinen」を開発したり、新たな循環を目指し、木地を製造する際に大量に出るかんなくずと生分解性樹脂で「MW-Z」を開発するなど、同社の挑戦は留まるところを知らない。「将来的には海外に直営店を出したい」と我戸社長は意欲を燃やす。
伝統を礎に革新を続け、未来を創造する我戸幹男商店の姿は、老舗企業におけるブランド戦略の重要性を示す好例と言えるだろう。
企業名 | 株式会社 我戸幹男商店 |
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創業・設立 | 創業 1908年 |
事業内容 | 山中漆器の製造、販売 |
関連URL | 情報誌ISICO vol.143 |
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備考 | 情報誌「ISICO」vol.143より抜粋 |
添付ファイル | |
掲載号 | vol.143 |