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令和6年能登半島地震で被災しながらも、試練を乗り越え、明日への一歩を踏み出した地元企業の奮闘ぶりを紹介します。
能登町の小木港は、函館港、八戸港と並ぶ「日本三大イカ漁港」の一つだ。その町で、イカの加工品を製造・販売してきたのが和平商店である。鉄砲焼きや一夜干しといった定番商品のほか、近年はISICOの助成金を活用して「能登いか煎餅」を開発するなど、事業の多角化を進めてきた。社長の浅井和平さんと、妻で専務の園子さんを中心に、長男の英輝さん、長女の公美子さんが協力して経営を支えている。
能登半島地震では工場が半壊し、倉庫が全壊した。停電によって冷凍庫が止まり、原料のイカ約200万円分を失う危機に直面した。不幸中の幸いだったのは、発災が厳冬期だったことだ。通電までの5日間、冷凍庫のドアを閉めたままにしておいたことで低温が保たれた。
このイカの一部を使い、和平商店が震災後最初に取り組んだのが、被災者への炊き出しだった。農家から提供された野菜をたっぷり入れたみそ汁を約700人分用意し、避難所に届けた。温かい食事を食べて笑顔を見せる人々の姿に、園子さんは「誰かの役に立てたという実感が、再び前を向く力になった」と振り返る。
「千年に一度の規模の地震と言われるが、『千載一遇』と捉え、ピンチをチャンスに変えよう」。和平さんが社内に呼びかけた言葉だ。
積極的な行動を誓った和平商店は、震災から約1カ月後、千葉県で開かれた商談会に出展した。そこで出会ったのが、東京・八重洲にある石川県のアンテナショップのバイヤーだった。取引が決まり、同ショップでの売り上げは現在までの大きな柱となっている。「一歩踏み出したことでチャンスが開けた」と園子さんは話す。
工場の壁や床の亀裂を補修し、水道が復旧した翌日の2月21日から営業を再開した。3月には宮崎、鹿児島、東京の物産展に相次いで出店し、名前を売り込んだ。通販雑誌の「能登応援特集」に掲載されるなど販路も広がり、2025年9月期の決算では過去最高の売り上げを達成した。背景には、ISICOへ相談しながら県の補助金を活用し、設備の復旧と生産体制の充実を着実に進めた冷静な経営判断があった。
「小木のイカの魅力を全国に届けることで、能登の復興の力になれたら」と熱を込める園子さん。震災前から取り組んできた海外展開を加速させるなど、さらなる販路拡大に力を入れる。
| 企業名 | 株式会社 和平商店 |
|---|---|
| 創業・設立 | 設立 2009年10月 |
| 事業内容 | 水産加工業 |
| 関連URL | 情報誌ISICO vol.145 |
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| 備考 | 情報誌「ISICO」vol.145より抜粋 |
| 添付ファイル | |
| 掲載号 | vol.145 |