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経営者が築き上げてきた事業の灯を絶やさないこと。それは、地域経済の活力を守ることに他ならない。承継への道のりは平坦ではないが、国の委託を受けISICOが運営する「石川県事業承継・引継ぎ支援センター」は経営者の確かな羅針盤として、円滑なバトンタッチを無償で支援している。今回の巻頭特集では、同センターの伴走支援により困難を乗り越え、新たな時代へと力強く漕ぎ出した二つの事例を紹介する。
マイカーショップ谷口は今年で創業50周年を迎える自動車販売店だ。創業者の谷口博志さんは70代半ばとなる2021年、親族に後継者がおらず、自身の高齢化に伴い会社の行く末を案じていた。そこで石川県事業承継・引継ぎ支援センターに相談し、事業承継計画を策定。従業員だった武田強さんと共同代表として会社を切り盛りする体制へと移行した。しかし、23年には武田さんも70歳を迎え、谷口さんは改めて同センターに第三者承継の仲介を依頼。同センターでは、同業他社とのマッチングを試みたが、経営方針の違いなどから交渉は難航し、廃業も視野に入る状況となった。
転機となったのは、谷口さんが現社長である山口知史さんにかけた一本の間違い電話だった。山口さんの父親と谷口さんは旧知の仲であり、山口さんも30年ほど前に同店でアルバイトをした経験があった。別会社で20年以上にわたって中古車販売経験を持つ山口さんは、自らの独立を模索していた時期でもあった。
この偶然を機に、谷口さんと山口さんの間で経営を引き継ぐ話が持ち上がり、同センターによる伴走支援もリスタートしたのである。
山口さんは2024年3月頃から休日や仕事終わりに店を手伝い始め、同年5月には正社員として入社した。しかし、実務の承継は順を追って進めるというわけにはいかなかった。谷口さんの健康状態が悪化し、実務が困難な状態だったため、入社直後から山口さんが現場に立ち、自ら切り盛りする必要に迫られたのだ。とはいえ業界での経験も長い山口さんにとって、実務の把握はスムーズに進んだ。
同センターの立ち合いのもと、正式な事業譲渡契約を締結したのは昨年8月のことだった。累積赤字により株価がつかない状態だったため、株式は無償譲渡という形をとった。しかし、長年の功績に敬意を表し、山口さんから前経営陣には退職金が支払われている。
この際の一連の手続きにおいて、山口さんは同センターの存在を高く評価する。「自分で一から専門家を手配すれば、金銭面や労力の負担は計り知れない。センターが確実に手続きを進めてくれたおかげで、自分は本業の立て直しに専念できた」と語るように、専門家の介在が新社長の負担を大きく軽減した。
その後、昨年10月には谷口さんが運転免許の返納を機に出社できなくなり、武田さんもほどなくして引退。会社は名実ともに新体制への完全移行を果たした。
新体制への移行後、同社は目覚ましい変化を遂げている。かつては新車の販売取次や整備の外注が中心で利益が出にくい構造だったが、山口さんが利幅の大きい中古車販売業務を強化したことで、短期間のうちに赤字から黒字へと経営体質が改善した。
「50年の歴史に対する地域の信頼に加え、以前からお付き合いのある固定客がいることで、月々の売上の見通しが立つのは非常にありがたい」。山口さんにとって、ゼロから起業するのではなく事業承継する形で独立を果たしたメリットは大きかったという。先代から引き継いだ唯一の条件である「既存の顧客を大切にする」という約束は今も固く守られており、その信頼関係が同社の強固な経営基盤となっている。
現在、山口さんの視線はさらに先を見据えている。敷地が狭いため、今年夏までに店舗の移転を計画するほか、近隣の整備業者の高齢化や廃業により、車の修理が滞る状況を解消するため、整備や板金業務の内製化を構想している。最新の装備に対応できる専用の整備機材の導入や人材採用など、次世代の整備体制構築に向け、着々と歩みを進めている。
| 企業名 | 株式会社 マイカーショップ谷口 |
|---|---|
| 創業・設立 | 設立 1976年9月 |
| 事業内容 | 新車・中古車の販売・修理 |
| 関連URL | 情報誌ISICO vol.146 |
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| 備考 | 情報誌「ISICO」vol.146より抜粋 |
| 添付ファイル | |
| 掲載号 | vol.146 |