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木地の材料となる森の再生、林業を見つめ直し 自然と共生するモノづくりを標榜
~ しんこきゅう
<令和5年度 成長戦略ファンド採択事業>
◇事業名
漆器ブランドの開発及び国内からアジアへの販路開拓
◇商品名
Brown Obi 器
◇キャッチコピー
森に深呼吸を、人にやすらぎを。
◇堆朱杏奈さんプロフィール
千葉県出身の堆朱さんは、絵画の世界で羽ばたきたいと高校の芸術コースに進んだものの、絵画の世界も上には上がいることを目の当たりにし、自らに才能はないと絵の道は断念。そのタイミングで、堆朱家の先祖が携わってきた塗物の道を探ってみるのもいいかと思い立ち、東北芸術工科大学に入学し漆芸を学ぶ。2年になる直前の春休みに東日本大震災が発生。ボランティアで瓦礫の撤去を手伝っていた時に、この瓦礫の中から必死になって探したいものはどれほどあるのだろうか?物に価値はあるのか?と疑問を抱き制作ができなくなる。4年生に上がる頃、大切なのは人と人が過ごす時間、思い出なのではないかと思い、こと人の食事の時間がゆっくり過ごせるようにと、漆器づくりの道を選ぶ。木地を削って食器を作る技術を学ぶため、2018年に山中漆器産業技術センターの挽物轆轤研修所に入り、4年間轆轤技術の習得に励む。
◇産地で10年余修業して感じた課題
例えばお椀を100個作る時には、製材所に指定の樹種、サイズの材料を発注すれば、注文通りの荒挽き(材料)が届けられる。ただ、材木市場に木がないという話をずっと耳にしていた堆朱さん。その原因を探ってみたところ、林業に従事する人の低賃金や人手不足もさることながら、樹齢100年、150年の立派な木を伐採しすぎてしまったことで、自ずと使える木が無くなってきているという現実が。この仕組みのままでは、自らが木地師として30年、40年経った時に原木があるのだろうか、続けていけるのだろうかと真剣に考えるように。そこで、まずは自分がこの仕事を長く続けていけるようにする山と共生する仕組みづくりの必要性を痛感。こうした原木不足などの産地の課題に直面し、自ら産地の仕組みを変えていく行動を起こすべく、2022年に「しんこきゅう」を立ち上げる。
◇ヨコ木取りとタテ木取りのいいとこ取り
樹齢100年、150年の立派な原木が少なくなっている中で、山にある樹齢40年、50年のまだ細い木をどうやって活用するか。なおかつこの原料で作った食器を物流に載せるには、商品企画を優先したモノづくり(樹種や寸法の指定)が、そもそも無理であることに気づく。とはいえ、いきなり産地の仕組みは変えられないし、原木も簡単には育たないのだから、今ある樹齢の若い原木のサイズで出来るモノを自ら作ろうとの考えに至る。山中漆器は、木の繊維が上から下に通るタテ木取りが主流で、他産地は繊維を横に切るヨコ木取りを採用している。このタテ木取りとヨコ木取りを組み合わせれば、樹齢の若い木の幹が細いものでも、コップやお椀そして直径30cm程度のお皿を切り出すことが可能ということに行き着く。柔軟な発想の堆朱ならではの着眼点である。

◇当初は木目を消す黒にこだわる
当初は、樹種に関係なく、どうすれば物流に安定して載せられるかを重視したため、木目が見えているとバラバラな見た目になり、安定して商品を供給できないとの考えで、木目が消えて気にならない黒漆で統一した。ところが、自身がBtoBの展示会に2回ほど参加したところ、お客さんの視点では、いろんな違いの木目が見えた方が、選ぶ楽しみがあるとの意見をもらう。この展示会を通して取り組みに賛同してくれた方々から企画展や、記念品のコラボ制作の話などが舞い込む。石川県では白山市のセレクトショップに「しんこきゅう」の作品を常設で置いている。昨年11月には台湾の展示会にも参加し、その後台北のギャラリー2軒に作品を置いてもらえることに。「初めての営業で緊張したが、挑戦した甲斐があった。」と振り返る。そのほか女性誌「ヌメロ」のオンラインショップでも、取り組みに対する思いを伝えてくれながら販売され、好評を得ている。今は、そこまで黒漆にこだわらず、それぞれの木の木目をいかしたモノづくりにも取り組んでいる。

◇手作業の奥深さを実感
堆朱さんの食器を購入したお母さんが、その食器でごはんを入れて出したところ、普段あまり食べなかったお子さんが、何とも言えない嬉しそうな表情で完食してくれ、「これは魔法の器!」とまで言ってくれたという。木の温もり、作り手の思い、漆の優しさといった漆器のもつ力を、その子は直感で感じ取ったのだろう。これこそが手仕事の醍醐味であり、手仕事にしかできない見えない力、文字通り手当と言われる、人の手が持つ独特の力であり、手作業でモノづくりをする職人にとって、これほど嬉しいエピソードはない。
◇100年後に産地を存続させるために
堆朱さんは、いわゆる自分を売る作家指向ではなく、いかに林業事業者から購入した木を物流に載る商品にできるか、仕組みを変えたいがゆえに木(山)の立場で物事を考えている。50年、100年という長いスパンで、林業の現場の原木がどうなっているのか考えることは必要不可欠であるが、なかなかこの考えに同業者で賛同する人がなく、「いまは一匹オオカミで頑張っていますよ!」と笑顔で語る。「しんこきゅう」の取り組み、つまり既存の仕組みから逸脱し、直接林業事業者から木を正当な価格で仕入れ、製材方法に工夫を凝らし、漆器製造までの制作形態を他の産地事業者にも取り組んでもらうこと。それがこれからの目標。伝統工芸だけでなく、世の中すべてが楽な方、便利な方へと進んできた結果として、物があふれている。しかし、これが誰もが望んだ結果なのだろうか?私たちの目の前にあるモノはどんな過程を経て作られているのか、そしてその背後はどんな状況になっているのか目を向ける必要がある。果たしてそれらは持続可能だろうか?堆朱さんのモノづくりの仕組みを変える取り組みは、周囲を巻き込んでいくことが最終目標のため、あと何年かかるか、道は険しいものの、長い目で見て産地の存続のために不可欠であり、産地の人たちが敢えて不便で面倒臭くても、森に、自然に、人に優しい取り組みに気づいてくれることを願ってやまない。

堆朱 杏奈さん
◇事業者概要
・商 号 しんこきゅう
・代表者 堆朱杏奈 下谷内 充
・TEL 080-1174-6335