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全国でも屈指の伝統的工芸品産業が盛んな石川県において、輪島塗、九谷焼と並び本県を代表する伝統産業である加賀友禅も、急速な着物ばなれで、厳しさが増している。そんな業界にあって、早くから異業種とのコラボレーションでユニークな商品開発に取り組み、業界の中で異彩を放つ「友禅空間 工房久恒」。紗透友禅と名付けたインテリア商品を開発し、令和4年度のプレミアム石川ブランドに認定される。工房久恒の久恒俊治代表にお話を伺った。
時代が昭和から平成、そして令和へと流れる中で、加賀友禅の着物は、高価であること、着る機会が限られること、着付けしてもらわないと自分で着られない等の理由から、市場規模が年々縮小している。そうした時代の変化をいち早く見据え、工房久恒は異業種とのコラボレーションを積極的に推進。友禅模様をデザインした生地をガラスにコートしたガラス皿「そめゆら」、金澤きものタンブラー、友禅シート、木地に加賀友禅の技法で模様を染めた「友禅夢樹」の衝立やコートハンガー、テレビボード、テーブルなど、友禅模様をあしらったアイテムを次々と商品化し、新たな消費市場を開拓してきた。数年前には、天女の羽衣に友禅模様を施したストールを商品化し、人気を博す。お土産や記念品、装飾品、日用雑貨として、加賀友禅の模様や絵柄の美しさを手頃な価格で楽しめる商品づくりが工房久恒の真骨頂。
異業種とのさまざまなコラボレーションの中で、久恒氏の手描き友禅の絵柄をデジタルデータ化し、それを対象物に転写する商品開発が本格化。この技術を用いることで、1点1点手描きすることが難しい素材や、拡大することで大きなスペースに友禅の絵柄を表現することが可能になった。これによってインテリアとして空間に華やかさをプラスする建築分野とのコラボレーションが増加。こうした取り組みの中で、窓ガラスの網戸に友禅の絵柄を転写してみてはどうかとの提案が。友禅の絵柄のデジタルデータをインクジェットプリンターで、転写シートに印刷し、それをポリエステル繊維の網戸に貼って熱転写することで、この商品ができあがる。肉眼では網目が分からないほどの合繊のきめ細かい網戸に転写しているため、家の中から明るい外を見ると、外の景色に友禅の絵柄が重なり、趣がプラスされ華やかな網戸になる。外から見ると家の中が見えにくい目隠し効果も。着物の世界において夏向きという意のある「紗」と、向こうが透けて見えることから「透」の文字を取って「紗透友禅」と命名。絵柄をオーダーメイドする場合は、手描きで描く製作費が別途必要で、網戸への転写料金は1メートルあたり1万5千円程度とのこと。販路としては、設計事務所や建設会社を介して、温泉旅館や料亭、和食レストラン、公的施設の応接室、富裕層宅などを想定している。
30年ほど前から友禅模様のデザインデータを活用した様々な商品開発を推進しており、なかでも干支の飾り額が毎年の人気商品。ユニークなところでは、和食料理屋の送迎バスのボディーに桜の花の友禅模様を転写した事例や、地元の金属塗装の会社から「塗装×伝統工芸」で何かできないかという依頼から、鈑金で製作したコーギー犬に、友禅の模様をデザインしたとのこと。この友禅模様のデザインデータを使えば、身の回りにあるいろいろなものに加賀友禅の模様を活用することができ、多方面への広がりが可能である。
加賀友禅は、江戸時代は自然のものを素材にした植物染料で染められていたとされているが、明治時代からは堅牢度が安定した化学染料で染められるようになった。伝統産業が厳しい環境下にある時期だからこそ原点に戻ってみようと思い立った久恒氏は、北陸先端科学技術大学院大学講師の増田貴史研究室と共同で、草木染めの染料を開発。一般的な草木染めは、染料の液体に布を浸け込んで染めるが、開発した染料は筆で描くだけで模様が染まる植物染料。化学染料では出せない天然の優しい色味を、友禅染に復活させることが目標で、既に尾山神社に協力を仰ぎ、境内にある由緒ある兼六園菊桜の花びらを使って染めた反物ができあがっている。原点回帰との思いでスタートした取り組みだったが、開発を進めるにつれ、地球環境にも優しい染料の開発にもつながることから、2019年の「STI for SDGsアワード」において、伝統工芸と科学技術のコラボレーションで、染色排水の無害化を切り拓く最先端の草木染めとの評価を受け、文部科学大臣賞を受賞。
兼六園菊桜の花びらを素材に作り出した染料で染め上げた淡いピンクの草木染めの着物を仕上げたことがきっかけで、染物の原点でもある草木染めをもっと深く掘り下げて研究したいとの思いが沸々とこみ上げてきているという。これまで様々なチャレンジを経て、加賀友禅の苦境を自助努力で乗り越えてきた久恒氏は、業界のためにも原点回帰が大切と捉える。地球環境に優しく、人にも優しい草木染め、その中でもストーリー性のある草木を素材に選定し、ストーリー性のあるモノづくりや商品開発を自身のこれからのライフワークにする考えだ。地球環境に優しい染料は、人の目に、とても温かく優しく見える癒しの色合いを醸し出し、氏の人柄と相まって新たな久恒ワールドが広がるに違いない。
久恒 俊治 氏
社名 | 友禅空間 工房久恒 |
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本社住所 |
金沢市御所町1-75 |
TEL | 076-251-7184 |
URL | http://www.kagayuuzen.jp |