本文
北陸財務局が6月に発表した「北陸3県の法人企業景気予測調査」によれば、企業の景況は上向き、設備投資への意欲が高まる一方、人手不足の傾向がますます強まっている。企業の成長の源泉は人材であり、その採用や定着は企業の浮沈をかけた大きな問題だ。人材の採用や定着を強化するにはどのような手立てが有効なのか。今回の特集では、ハローワークの求人票を改善して専門人材の採用に成功した事例と、自由度が高く、コミュニケーションの取りやすい職場環境づくりを進めた事例を通して、その手掛かりを紹介したい。
採用と同様に企業にとって課題と言えるのが人材の定着だ。せっかく優秀な人材を採用できたとしても、長く定着し、戦力になってもらえなければ意味がない。労働環境や労働条件、福利厚生、教育制度、評価制度など、定着率アップに向けた課題はさまざまだが、多様な働き方ができる職場やコミュニケーションを取りやすい環境もポイントと言えるだろう。
これらを実現するヒントになりそうなのが、システム開発や事務機器の販売を手掛ける寿商会の取り組みだ。同社では昨年8月、「unClouded Lab(アンクラウデッドラボ)」と名付けたショールーム兼新社屋を建設した。unCloudedとは雲一つない晴れ渡った空を意味し、IT化やDX、働き方改革に対する疑問が解消され、自社の課題を明確に把握してもらえる場所にしたいとの思いが込められている。
社内は、自由度の高い働き方を実現するため、専用の座席を設けないフリーアドレスを導入。立ったままパソコン作業ができるデスク、業務に合わせてチームで座れる組み合わせ自由のデスク、一人で集中して仕事をできる半個室型のブースなどが用意されている。社員にはノートパソコン、スマートフォン、専用ロッカーを支給するほか、クラウド型のグループウェアを導入し、書類の電子化や共有、社内チャットでのコミュニケーションに役立てている。
なお、unClouded Labの建設には中小企業庁の「事業再構築補助金」を活用し、ISICOが認定支援機関として申請をサポートした。
新社屋の完成によって社員の働き方はどのように変化したのだろうか。
現在、同社では「毎日出勤する社員」「リモートワークと出勤を併用する社員」「毎日リモートワークをする社員」がそれぞれ3分の1を占めるようになった。毎日の朝礼も約70%の社員がリモートで参加。時間や場所に縛られず、働き方を柔軟に選べるようになった。
会社にとってもメリットは大きい。朝夕の渋滞を避けて必要な時だけ出社したり、直行・直帰したりすることで移動時間が減るため生産性が上がり、例えば残業は2020年と比べて10.5%、それ以前と比べて約50%も削減した。同時に社員一人当たりの売り上げも2021年に比べて5.1%アップした。
業務のデジタル化によって、ペーパーレス化も進んでいる。コピー用紙の使用量は2018年の260kgから85kgにまで削減され、コストと環境負荷の低減につながっている。
出勤している社員とリモートワークの社員が混在する中、相談や打ち合わせの手段として活躍しているのが社内チャットだ。込み入った話をするときはテレビ会議も活用する。
オフィスにもコミュニケーションを促す仕掛けがいくつも潜んでいる。人の往来が多い出入り口の近くにワークラウンジと呼ばれるスペースを用意したのもその一つだ。ここは仕事をしても休憩をしてもよい場所で、給湯設備を配置し、喫煙できるテラスも近接させることで何気ない会話が生まれやすくなっている。
フリーアドレスの効果により、部署を超えた交流も活発になった。
「当社の業務内容は大きくシステム開発部門と事務機器部門の2つに分かれます。以前はあまり交流がなかったのですが、今のオフィスではコミュニケーションが増え、うれしく思っています」と話すのは若林孝社長だ。例えば、システム開発部門の顧客に対して、事務機器部門が新たなオフィス空間を提案する。今後はそんな展開も期待できそうだ。
こうした職場環境が人材の定着にどのような影響を与えるのか。若林社長は「これから社会に出るような若い世代は、子どもの頃からスマホやインターネットを使いこなしてきた“デジタルネイティブ”ですから、IT化が進んでいる会社の方がすんなりとなじめるのではないでしょうか。職場も時代に合わせて変化しなければ、人材の定着にはつながらないと思います」と話す。2年前、久しぶりに採用した新卒の社員もデジタルとリアル、両面の密なコミュニケーションにより孤立せず職場に溶け込んでいる。
また、同社は現在、県内だけでなく県外の優秀な人材の採用も視野に入れている。これもリモートで働ける環境を整えたからこそ考えられる選択肢であり、多様な働き方を可能にする職場は採用の可能性も広げてくれると言えそうだ。
unClouded Labは現在、週2組ペースで企業が視察に訪れ、関心の高さをうかがわせる。同社の提案する新たなオフィスが今後どのように展開するのか。人材の採用・定着の視点からも注目していきたい。
企業名 | 株式会社 寿商会 |
---|---|
創業・設立 | 設立 1947年8月 |
事業内容 | システム開発、事務機器総合卸商社 |
関連URL | 情報誌ISICO vol.129 |
---|---|
備考 | 情報誌「ISICO」vol.129より抜粋 |
添付ファイル | |
掲載号 | vol.129 |