本文
小松マテーレがISICOの次世代ファンドの支援を受けて開発した「カボコーマ・ストランドロッド」。炭素繊維を用いた強くて軽く、さびにくい耐震補強材だ。デザイン性も高く、広く導入が期待されている。
繊維を中心に、さまざまな化学素材を生産する小松マテーレ。その本社や工場が建ち並ぶ能美市の敷地を訪れると、ひときわ目を引く建物がある。屋上から周囲の地面へ放射状に、建物全体を包み込む格好で約1,000本の白いワイヤがのびているのだ。正体は、炭素繊維で作った耐震補強材「カボコーマ・ストランドロッド」である。
同社は1968年に建てた旧本社棟を耐震補強する際、世界的建築家・隈研吾氏にカボコーマ・ストランドロッドを取り入れた設計を依頼。隈氏は、しなやかな質感を生かし、建物を布で覆っているように見えるデザインに仕上げた。
建物内部にも随所にカボコーマ・ストランドロッドを張り巡らせて、耐震性と意匠性両立させた。2015年、装いを新たにした旧本社棟は「ファブリック・ラボラトリー fa-bo(ファーボ)」と名付けられ、同社の歴史や最先端技術を紹介する施設として一般公開されている(要予約)。
カボコーマ・ストランドロッドは、同等の強度を持つ金属製ワイヤと比べて、約5分の1の重量しかない。「軽いので、古い建造物にも負荷をかけることなく耐震補強ができる」と同社新規事業開発部の瀧能功介さんが語るように、清水寺(京都府)や富岡製糸場(群馬県)などの歴史的建造物で実際に採用されている。
本格的な開発は2010年にスタートした。当時は強くて軽く、さびにくい炭素繊維に注目が集まっていた時期で、さまざまな化学素材メーカーが研究を進めていた。自動車や航空機への活用を目指す大手企業との競合を避け、独自製品を生み出そうと同社がたどり着いたのが耐震補強材だった。
開発にあたり課題となったのが、引っ張る力に強い一方、垂直方向に加えられる力に弱い炭素繊維の特性だ。折れやすいという弱点を補うため同社では、炭素繊維の周囲をガラス繊維で覆う方法を選んだ。
カボコーマ・ストランドロッドの表面をよく見ると、細いガラス繊維が組み込まれている様子が分かる。繊維の束をいくつも交差させながら組み上げていく「組みひも」という日本の伝統技術が用いられているのだ。
組みひもの導入によって、強度を増しながら、しなやかさも併せ持つ仕上がりとなった。この工程は、ガラス繊維の組みひも技術に強い七尾市の谷口製紐(せいちゅう)が担っている。
さらに、ガラス繊維で覆ったことで、炭素繊維単体では困難だった着色も可能となり、鉄骨や金属製ワイヤといった既存の耐震補強材と比べ、デザインの自由度も高まった。
2013年に完成したカボコーマ・ストランドロッドは自信作だったが、すぐには市場に受け入れられなかった。「耐震補強材は何よりも安全性が求められる。そして、市場が重視していたのはデータよりも実績だった」と新規事業開発部の細川穂奈美さんは振り返る。
そこで同社では実績づくりとして、冒頭で紹介したファーボの改築に取り組み、完成するとマスメディアに大きく報道されて注目が集まった。また、ファーボの構造設計を担った設計事務所が、同時期に進めていた善光寺経蔵(長野県)の耐震補強にカボコーマ・ストランドロッドを取り入れた。
この二つの実績に加え、2019年に「JIS A5571-炭素繊維複合材料より線」としてJIS規格が制定されたことも後押しとなり、導入先は徐々に増えている。
拡販に向けては課題もある。炭素繊維は金属製ワイヤと比較して価格が高く、導入をためらう設計事務所や建築会社がまだまだ多い。瀧能さんは「確かに割高だが、鉄骨などの耐震補強材と比べて軽いので足場が簡易で済み、コストが抑えられる。トータルでの導入メリットをアピールしていきたい」と力を込める。
工場で耐震補強工事をする際、従来であれば長期間生産を中止し、大がかりな足場を組む必要があったが、カボコーマ・ストランドロッドなら工場を稼働させたまま施工できるといった利点もある。
木造家屋への活用も検討している。ただ、カボコーマ・ストランドロッドはまだ耐震改修の補助制度の対象になっておらず、今後、第三者認証の取得を目指す。
能登半島の中央部に位置する七尾市出身の細川さんは「能登半島地震で発生したような家屋の倒壊を少しでも減らすためにも、被災地の企業としてさまざまな課題を乗り越え、カボコーマ・ストランドロッドの普及を一層、進めていきたい」と展望を語る。
企業名 | 小松マテーレ 株式会社 |
---|---|
創業・設立 | 設立 1943年10月 |
事業内容 | 高付加価値テキスタイル(生地)の企画開発、製造、販売、営業および新素材の製品企画、デザインなど |
関連URL | 情報誌ISICO vol.136 |
---|---|
備考 | 情報誌「ISICO」vol.136より抜粋 |
添付ファイル | |
掲載号 | vol.136 |