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令和6年能登半島地震で被災しながらも、試練を乗り越え、明日への一歩を踏み出した地元企業の奮闘ぶりを紹介します。
米を使った加工品を製造・販売しているむらのもちやにとって、年末年始は最大のかき入れ時だ。2023年末も新年を祝う餅や菓子の製造に追われていたが、元日の能登半島地震によって事態は一変した。納品先である地元の小売店が営業できなくなり、大量の在庫を抱えることになったのだ。
そんな苦境を乗り越えられたのは、「震災前から築いてきたつながりがあったから」と、若女将の福池凡恵(なみえ)さんは語る。餅の在庫は、ISICOの販路拡大支援を通じて知り合った関西の卸業者など複数社が引き受け、販売した。また、道路が寸断され配送が難しくなった米菓の在庫は、納品予定だった首都圏のスーパーが、買い取って能登の子どもたちへ寄付する決断をした。「多くの人に支えられたことが、前を向く力になった」と振り返る。
しかし、復旧への道のりは決して平たんではなかった。ダメージを受けた工場や機械の修繕に加え、人手不足という大きな課題にも直面した。12人いた従業員は、避難や転居によって一時は6人にまで減った。退職者の中には、長年、製造の中核を担ってきた職人もいた。
震災前は経営面の業務が中心だった福池さんは、人手不足を補うため自ら製造ラインに立った。そこで改めて実感したのが、現場で培われてきた技術の重みだった。「湿度に応じた配合の調整など、工場の中でしか分からない肌感覚の大切さを知った」と話す。
福池さんは退職した職人に電話で教えを請いながら、残った従業員とともに製造技術の習得に努めた。さらに、少人数でも高品質な商品を生産できるよう、新たな機械を導入し、製造工程の見直しにも取り組んでいる。
能登の米を用いた商品開発も進めている。地元のみそ蔵に依頼して奥能登産の「能登ひかり」からこうじを作り、それを利用した甘酒を2024年11月に発売した。25年8月には、遠方への発送が可能な冷凍大福の販売を始めた。
福池さんを突き動かすのは能登の米農家への思いだ。地震と奥能登豪雨による被害を受け、今も再建の途中にある農家は少なくない。「むらのもちやは、能登の米があるからこそ続けてこられた。今こそ恩返しをしたい」と福池さん。感謝を原動力に、これからも走り続ける。
| 企業名 | むらのもちや |
|---|---|
| 創業・設立 | 創業 2000年10月 |
| 事業内容 | 餅、和菓子、米菓の製造・販売 |
| 関連URL | 情報誌ISICO vol.148 |
|---|---|
| 備考 | 情報誌「ISICO」vol.148より抜粋 |
| 添付ファイル | |
| 掲載号 | vol.148 |