本文
かつてはどこの町にも小さな商店街があり、そこには必ず魚屋さんの店があったが、大型店やスーパーの台頭で商店街が衰退し、金沢市内で魚屋さんを目にすることはほとんどなくなってきた。そんな時代にあって、顧客との対面販売の魅力を再発見させられる魚屋さん「網元 浜田」が、金沢市金石のバスターミナル前に平成29年3月にオープンした。代表の浜田満さん、奥さんの博美さん夫妻が笑顔で迎えてくれる平成の魚屋さんを訪ね商いの心を伺った。
祖祖父の代から4代続いて漁師を営んできた浜田満さん。奥さんの博美さんは8年あまり前から、金沢港で競り落とした鮮魚や中央市場で仕入れた魚を刺身や切り身のパック詰めにして軽トラックに積み、移動販売をしていた。なかなか買い物に行けないお年寄りや魚を捌くことが不得手な主婦など、金石の町中からて重宝がられ、その評判が口コミで広がりお得意先が増え、午前中に回りきれない状況になってきていた。鮮度が命の魚だけに午前中が勝負だが、それが叶わない現実に直面し、金石のまちなかに店を構えることを決意する。あちこちの貸家や貸土地を物色していたところ、縁あって金石のバスターミナル向かいという金石の玄関口にあたる理想的な貸土地が見つかり、昔ながらの対面販売の魚屋「網元浜田」をオープンする。従来からの移動販売の顧客に加え、開店してから新たにお客さんになった人たちも多く、「移動販売の時とは異なる新しいお客さんがかなり増えました」と浜田夫妻は顔を綻ばす。
これだけ大型店やスーパーがあちこちにある環境下で、あえて魚屋を開店することに一般的にはリスクがあるように思うが、その点について伺うと、「周りにはそうした心配をする声もありましたが、私は全く心配していません。うちはスーパーと同じ商品を売っているわけではなく、スーパーが扱わないもの、スーパーではなかなかお目にかかれない品揃え、何よりも鮮度には自信があり、安全で安心な魚をお客さんの目の前で捌いて販売する。これがうちの強みです」と自信をのぞかせる。その日の仕入れに合わせて刺身・煮物・焼き魚・揚げ物などのパックがオープン時間に合わせて店内の冷蔵ケースにずらりと並ぶ。もちろん全て博美さんのお手製だ。オープンと同時に訪れるお客さんたちが、その中からお目当てのパックを2~3パック買い求める。店頭にはその日仕入れたお薦めの鮮魚が何種類か並んでいて、常連さんがその中から品定めをし、注文を受けてから刺身や切り身にするといった対応も。お盆や正月など、家族や親戚が集まる時期には、立派な大皿を持参し、それに刺身の盛り合わせをといった高額な注文が舞い込むことも。
オープンして間もない29年5月に、地元のテレビ番組で網元浜田が紹介された際は、テレビ効果もあって「テレビ観て来たよ」という遠方からの新規のお客さんが来店し、テレビの影響力を痛感した様子。ただ、鮮魚は自宅の近くで買う物だけに、従来からの金石周辺のお客さんを大切にしたいという思いに変わりはない。移動販売で買う常連客は、「網元浜田の魚は水揚げされた漁場が明確で、安心して食べられる」と太鼓判を押す。何よりも鮮度のいい魚を食べ慣れている舌の肥えた常連さんが多い地域だけに、「食べてもらえば一瞬でうちの魚の鮮度が分かるわけで、その日一番のお勧めを選りすぐって届けることに全神経を注いでいます」とご主人は胸を張る。そうしたお客さんの厳しいニーズと同店の鮮度へのこだわりが見事に合致し、熱烈な信頼関係で商いが成り立っている。年配の方からは「よくぞまちなかで魚屋さんを開店してくれた」と大歓迎してくれる声が多く、夫妻にとって有り難い応援団がたくさんいる。「天候が悪い日は漁に出られないため、お客さんからのリクエストに応えられず、お詫びをしないといけない日が多々あります。そのうえ、近年はイカや地元のカニの価格が高騰しているため、手頃な価格で販売したいにもかかわらず、高すぎて店頭に並べることすらできない」と恐縮することしきり。
近年は働く女性が多くなり、家庭で手料理をゆっくり作る時間がない。少しでもそうした主婦の応援ができればとの思いから、刺身はもちろんのこと、焼き魚、煮物、揚げ物、ちょっとした総菜まで、日々の品揃えはなかなかのバリエーションで、楽しそうに品定めする女性客が多く見受けられる。そうした夕食向けの需要だけでなく、店舗の近隣には事業所も多くあることから、ランチ需要にも対応すべく、健康志向の手づくり弁当の販売も検討中だ。魚は自然相手の商売だけに、時化のときには地物がなく、いわゆる遠所ものの魚で品薄感をカバーするなどの工夫をし、可能な限りショーケースが埋まるよう努めている。また、鮮魚はその日のうちに売り切らないといけないため、夕方から残りのパック数に応じて、50円引、100円引のタイムサービスを実施。時には思い切って半額にするなど、夕方6時の閉店までに売り切る努力をしている。そのタイムサービスの時間帯をめがけて賢く買い物する常連さんも多い。店舗を構えたとはいえ、従来の移動販売で回っていた買い物に行けないお年寄りはもちろんのこと、電話注文が入ればすぐ配達できる体制を整えており、店頭でも配達することをPRするチラシを置いて告知している。なかには天気の悪い日に配達の注文をするのが申し訳ないと遠慮するお客さんもいるとのことで、「遠慮しないでいつでも電話してください」と声を大にする博美さん。
オープン以来、宣伝らしいことは一切していないにもかかわらず、常連さんはもちろんのこと、新規のお客さんも含め、好天の日は一日100人を越える日も。オープン初日は、物珍しさもあって200人以上が来店したそうだ。博美さんは、石川県漁協女性部の部長の顔も持ち、東京をはじめ各地で開催される全国大会にも参加し、水揚げされた魚を活用し、加工食品を開発したり、食堂を起業したりといった全国各地の事例を学んだり、奥さん同士の交流を深めるなど勉強熱心な行動派ウーマンでもある。将来的には、自前の鮮魚と博美さんの調理の腕前を活かし、魚屋さんが営む食事処を新たにオープンする夢も・・・。金石界隈には、かつて地元の食品スーパーや衣料品スーパーなどがあって賑わったが、立て続けに閉店してさみしい状況になっている。金石出身同士で金石が大好きな夫妻が、二人三脚で営む金石の魚屋さん「網元 浜田」が、地元の魚好きが集い、金石談義に花を咲かす町の賑わいスポットとして、町に元気・活気をもたらす店になることを願って止まない。
店名 |
網元 浜田 |
---|---|
住所 |
金沢市金石西1丁目158番地 |
TEL | 076-255-2287 |