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さくら貝のオリジナルアクセサリーを開発し新たな能登の魅力を発信! ー(有)キダニ

印刷用ページを表示する更新日:2018年11月30日更新

(有)キダニ

キダニ タイトルバナー

昭和36年、松本清張原作の「ゼロの焦点」が映画化されたのを機に、空前の能登観光ブームとなり、のと里山海道もなく、道路がまだ未舗装だった能登半島に、観光バスの団体客が押し寄せた。その映画の舞台となったヤセの断崖をはじめ、能登金剛巌門は人気のスポットとして全国に知られることに。それから60年あまり経過した今も能登の景勝地の一つとして根強い人気の巌門で、観光土産品店を営む(有)キダニの木谷機夫社長にお話を伺った。

独立の夢を巌門で実現

木谷機夫さん

昭和40年代後半、木谷氏は巌門地区を代表する観光施設である能登金剛センターの支配人を務めていた。当時、同センター裏手から遊覧船乗り場へ降りる傾斜地には、4本柱に屋根が付いた程度の土産物小屋がいくつか点在していて、その中の一軒の所有者が、土産物小屋と商売する権利を譲りたいと話していることを耳にし、独立することを考えていた木谷氏にとって渡りに船と、昭和50年に譲り受ける。また、この建物が建っている土地については、牛下集落の十軒の住民の共有地となっており権利関係が複雑であるため、石川県と志賀町が間に入ることで、なんとか土地の賃貸契約を結ぶ。譲り受けた土産物店は当初小屋レベルだったことから、自ら少しずつ手を加え、壁のある小さな店に作りあげる。この場所は、能登半島国定公園の特別保護地区に指定されており、この地に次々と売店が乱立しないよう県が管理している。そのため、増築することはもちろん新築するのも許可が必要。そんな中で、何とか許可を得て昭和55年に小さな小屋二つを一つの建物に改築する。昭和50年代は景気のいい時代で、輪島や和倉の温泉から観光バスが朝から夕方まで100台あまり次々と到着し、土産物が飛ぶように売れたという。創業当初は、焼きトウモロコシやコーヒーなど飲食が主体の売店だったが、海が目の前にあるロケーションだけに、貝殻の商品を並べたらどうかと考え、貝殻の詰め合わせ等を店頭に並べるように。その後、時代に合わせて海に関わるさまざまな商品を取り揃え、平成5年に県の許可を得て現在の店舗にリニューアルする。

地元の産品を土産品に

地元の増穂浦海岸には11月から3月にかけ、貝寄せの風が吹いて、さくら貝が波に乗って流れ着くことから、このさくら貝を何かお土産になるような商品にできないかと考え、さくら貝を小瓶に詰めて売り始める。やがて、さくら貝を使ったキーホルダーができないかと思い立ち、貝殻に金属のパーツを取り付ける方法を模索、しかも簡単に取れないようにすべく試行錯誤を繰り返す中から、長男の優介専務が独自の接合法を考えつく。その方法が見つかったことで、ネックレスやイヤリング、ピアス、ブレスレットといったアクセサリーとしての商品展開が可能になり、従来までなかったさくら貝を使ったアクセサリーという新商品を生み出すことに成功する。さくら貝は非常に薄い貝のため、無理な力がかかると簡単に割れてしまうことから、貝そのものを傷めることなくアクセサリーにするためのパーツを接合することが不可欠で、その手法を独自に編み出したのである。

他にない個性を売り物に

観光バスで巌門を訪れる団体客のほとんどが、前日和倉温泉で宿泊し、輪島の朝市、門前の総持寺をまわり、昼食休憩で能登金剛センターに寄るパターンである。和倉温泉に宿泊すれば、各旅館の売店に能登の名産はほとんど揃っているため、残念ながら同じようなものを並べていたのでは、巌門に来てお土産を購入する必要がない。そのため木谷社長は、何か巌門にしかなく、見たら買いたくなるオリジナルのお土産を開発する必要性をかねてより痛感していた。「うちのような小さな売店は、他に売っていないような商品がないと生き残れない」と木谷社長は力を込める。と同時に、地域の名産を商品化することで地域の活性化にもつながるとの熱い思いが、先述のさくら貝のアクセサリー商品化の原動力となっている。こうしたオリジナリティー溢れる商品開発が志賀町に評価され、ふるさと納税の返礼品にも選定されている。


店内 店内

商標登録で新たな魅力を発信

さくら貝のアクセサリーと並ぶ人気商品が「のとほたる」だ。「のとほたる」は青い色が印象的なアクセサリーで、金沢の銀箔を使ったいわゆるガラスのトンボ玉だが、木谷社長はただのガラス玉では商品に付加価値が付かないことから、独自の名称を付けることで商品の魅力度がアップするのではないかと考え、「能登蛍」という名称を思いつく。その名称で商標登録ができるか、石川県発明協会を訪ね相談したところ、『漢字よりも平仮名の「のとほたる」の方が優しいイメージでいいのでは』とのアドバイスを得て、一年あまりかけ商標登録にこぎつける。「のと」を冠したオリジナルのアクセサリーであれば、どこにでもあるアクセサリーよりも当然関心をもって商品を見ることは言うまでもなく、いかにして観光客が買いたくなる商品、その土地の魅力を感じさせる商品を提供するか、観光土産品のあるべき姿を追求した木谷社長と専務の努力の賜物である。この「のとほたる」の商品は、和倉温泉の加賀屋グループ各館の売店、道の駅、千里浜レストハウスに置かれているが、全てのラインナップはこの巌門の店に来ないと見ることはできない。ネット販売もしていないため、ここへ来ないと購入できないという希少価値もある。「のとほたる」は能登の海でも里山でも、いずれでも通用することから、場所に応じて販売するイメージ戦略を柔軟に変えることができる点も商品の強みである。「この商品はいろんな可能性を秘めており、これからの展開が楽しみです」と木谷社長は顔をほころばす。

のとほたる

観光客が巌門に寄りにくい現状を危惧

北陸新幹線が開業する前年に専務であり長男の優介氏が入社し、一連のオリジナル商品の開発をスタートさせ、他にない土産品を世に送り出すという絶妙のタイミングで、社長が温めてきていたアイデアを専務が見事に商品化した格好である。とはいえ、北陸新幹線が開業した翌年から、巌門地区への観光客の入り込みは減少しているのも事実。定期観光バスを利用しても和倉温泉と輪島を経由して金沢に戻るコースしかなく、能登半島を一周することができないのが現状である。道路こそ整備されているが、のと里山海道が無料化されたことで、県外からの観光客の車は途中で降りずに輪島まで直行し、千枚田や珠洲の塩田村の方へ行くケースが顕著となり、予め巌門へ行くことを目的とした人以外が立ち寄りにくくなっているデメリットが、無料化になったことで顕在化している。金沢市内では毎日のように欧米からの観光客を目にするようになったが、さすがに巌門を訪れる欧米人は数える程しかいないのが現状だ。


さくら貝のネックレス 店内

ISICOの支援を受け事業計画書を策定中

現在、(公財)石川県産業創出支援機構(ISICO)の専門家派遣のサポートを受け、事業承継を見据えた事業計画の策定に向け、中小企業診断士のアドバイスを受けながら進めているところ。今一度事業の方向性を確認し、経営のスリム化、オリジナル商品開発の強化に更なる磨きをかける。その取り組みの中で、ホームページを活用した情報発信の在り方も検討中で、自社商品の魅力を発信するページづくりがいいのか、巌門の魅力を発信する色合いの強いページづくりがいいのか、何にスポットを当てる方が効果的か、方向性を検討しているところ。オリジナリティーの高いアクセサリー商品が、ここへきて売れ始めてきているが、現状では木谷専務が一人で一つずつ仕上げているため、大量生産ができないことが最大のネック。そのため、製作工程を手伝ってもらえるスタッフを見つけることが課題でもある。

能登のやさしさ、巌門の魅力を発信

さくら貝アクセサリーネットを活用した情報発信はこれから取り組む課題であるが、巌門の素晴らしい絶景とオリジナル商品を発信することで、能登の新たな魅力を世界の人たちに伝え、巌門を訪れることが能登観光の目的となるような動機付けに繋げていく考えだ。と同時に、地元の海で採れるさくら貝の美しさ、のとほたるの優しさを多くの人に伝えることが、巌門で四十年余商いを続けてきている同社の次代を見据えたテーマに違いない。のとほたるやさくら貝のアクセサリーといった他にない個性的な看板商品があることは、商いをする上で最大の強みであり、さらに商品に磨きをかけ、この商品が欲しいからキダニへ買いに行こうと思ってもらえるような仕掛けづくりに知恵を絞り、来てみたらそこは能登を代表する景勝地の巌門だったというサプライズをお客様に提供する商いに邁進してもらいたい。

店舗情報

外観

商号有限会社 キダニ
(店名 パークイン日本海)
代表木谷 機夫
住所石川県羽咋郡志賀町富来牛下ユ1-1
TEL0767-48-1436