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オールラウンドな才能を駆使し 顧客満足度120%の修復で名を馳すー工房 亞陀(あだ)

印刷用ページを表示する更新日:2019年10月9日更新

 

工房 亞陀(あだ)

工房 亞陀

金沢市内でも終日渋滞している交差点の一つである野町広小路交差点。付近にはにし茶屋街があることから、観光客の姿も散見されるが、かつて賑わいを見せていた野田専光寺線の両サイドの商店街は、空店舗が並ぶシャッター通りと化している。

そんな中で一際異彩を放つ店が目に止まる。店の前に看板はなく、一見しただけでは何屋さんか全く分からない。大きなタワークロックと木馬が店頭脇に鎮座する。ガラスに貼られた特大サイズのQRコードにスマホをかざすと、「工房 亞陀」というホームページが現れ、古時計を専門に修理する職人である井上悦朗さんの工房だと解る。早速ドアを開けてお話を伺ってみよう。

 

店名の問題です。「い」の上は?

店内に入ると、奥から東京の下町界隈に行けば会えそうないなせな職人スタイルのご主人がメガネ越しの鋭い眼光で一瞥し、こちらが名刺を差し出すと、QRコード入りの名刺を渡される。

「今どきQRコードが付いてないようなものは時代遅れ、誰も相手にしない」と厳しいご指導が。その勢いに半歩後ずさりしながらも、「ところで、大変珍しい店名ですが、由来を教えて下さい」と伺うと、「いの上は?」と逆に質問される。いの上???あ、そうか、井上さんだから、五十音の「い」の上は何の字だと聞かれたわけで、いの上は「あだ」となり、店名を亞陀(あだ)としたそうで、見かけの頑固さとは正反対のユーモアたっぷりのお人柄とお見受けする。

工房 亞陀

「看板も出してないし、地元の人は通り過ぎるが、観光客や外人さんはQRコードに惹かれて入ってくるよ」と笑顔に。ご主人の胸襟を少し開くことができたので、いよいよ本題に。

 

 

 

 

 

仕入れた商品を売るだけの商いには限界が

戦後間もない昭和23年、父がこの場所で井上時計店を開店したのが今日の原点。父の影響か、子供の頃からモノづくりが好きで、中学生の頃には自分で真空管ラジオを組み立て、簡単な時計の修理も手伝っていたそうだ。世の中に出る頃には、パソコンの前身となるマイコンを組み立て、時代の先を行っていた。

そんな手先の器用さもあり、自然な流れとして、東京での丁稚奉公を経て後を継ぐ。しばらくは仕入れた商品を売る時計店を商っていたが、20年あまり前、このまま時計店をやっていては潰れると直感する。それはインターネットが普及したことで、ネット通販で何でも買える時代が到来し、仕入れた商品を売るだけしか能のない商売は、価格競争に陥り自滅することが目に見えたからだ。

現実に、いまこの両側の商店街で残っているのは、仕入れたものを売る所謂商店ではなく、手に技術を持った店だけになっていることがその証左である。

 

工房 亞陀 工房 亞陀

 

時計店主から修理専門職人に舵を切る

そうと分かれば、生き残れる方向へ舵を切らなければならない。そこで選択したのが、古時計の修理に特化するこだわり道である。古時計の修理と言っても腕時計や電子時計は絶対扱わない。柱時計や置き時計が守備範囲。それで商売になるの?と訝しく思う向きもあるだろうが、それを決断できたのはネットがあるからだ。

若い時から自力でマイコンも作っただけに、ホームページも自前、更新も自前、ブログの情報発信もお手の物。自分のできる仕事を発信することで、看板も出さず、宣伝しなくても、全国から修理の依頼が舞い込んでくる。

工房 亞陀

先述のとおり、街中の時計店は仕入れた商品を売るだけで、修理できる腕のない店が大部分。そうなれば、思い入れのある時計、大切な時計、歴史的価値のある時計を修理して欲しいとなれば、ネットで探して工房亞陀に依頼するしかない。他にできる職人がいないこと、これこそが最大最強の武器なのだ。

 

 

オールラウンドな才能が不可能を可能に

 

工房 亞陀修理と言っても単なるムーブメントの修理だけでなく、柱時計の木造りの外枠がバラバラになった、飾り部分の鷲のオブジェが散逸した、箔押しの箔が剥がれた、装飾の絵がはげてきた、歯車のパーツが損傷した、長針や短針が折れたり無くなった、外枠のガラスが損傷または割れた等々、その時計、時計で損傷の程度や内容が多岐にわたる。

通常であれば、どこの時計店に持ち込んでも、この修理は交換部品がないのでできないと即座に断られる。そんなお客さんはどうするか。先述のとおり、ネットで探し回り、工房亞陀に辿り着く。

 

 

 

徹底したこだわりは、時計の修理に留まらない。ある時バイオリンを自分で作ってみようと思い立ち、バイオリンの製作法を解説した英語の原書を入手し、それを全て自分で翻訳した上で、楓の木板を削るところから始めてバイオリンを完成させる。またある時は、仏像を彫ることにチャレンジし、それは見事な仏像が店内に鎮座している。このように、どんなことも完璧に成し遂げる才能が、全てのモノづくりに体現されている。

工房 亞陀

こうした経験に裏打ちされたテクニックを有しているだけに、どんなに手が込んだ高度な装飾であっても、井上さんの手に掛かれば、不可能はない。ドイツ製やアメリカ製など柱時計のハードマニア嗜好修理依頼がほとんどであるため必要あらば、世界中のオークションをネットで探して回り、パーツが使えそうな時計などを落札し、どうしてもない場合は「自分で全て作りますよ」と、いとも簡単に言ってのける。

 

全国にいるお得意先との親交も楽しみ

世の中には上には上がいると言われる通り、全国各地にいる時計のコレクターは超富裕層が多い。そうした人たちは井上さんに修理を依頼する際、「何とかして直して欲しい、復元して欲しい」と依頼するが、代金のことは一切尋ねられないそうだ。逆に言えば、修理代金を値切ったり、店内に飾ってある柱時計の値段を聞いてくるようなお客は相手にせず、即刻退店命令を下す。

工房 亞陀

「お客さんも私を選ぶ代わり、私もお客さんを選ぶので、ふらりと入店してくるようなお客さんはだいたいお帰りいただいている」ときっぱり。そうした富裕層のお客さんが全国各地にいるため、井上さんは時々遊びに行くのを楽しみにしている。そうした人たちのお宅に伺うと、高級外車がずらりとガレージに停まっている豪邸の主ばかりとか。そんな付き合いの中で親しくなった一人が神田の老舗のご当主で、そのご縁で2年毎の神田明神の神田祭りの時に、神輿を担ぎに行くのが恒例となり、専用の役半纏(関西では法被と言う。役半纏とは個人名を染めた名前入りの縁故者限定)のものも仕立ててもらい、それを纏うと正にちゃきちゃきの神田っ子に。

 

  

 

時計愛で昼夜兼行

工房 亞陀大好きな時計に囲まれ、自分の好きなように仕事ができることは何よりの幸せ。全国のお得意さんが、愛用する時計の修理が出来上がるのを心待ちにしていることから、我々には見えないが、井上さんには店先にそうした人たちがいつも数人立っている姿が見えるそうで、それを励みに少しでも早くお客さんに修理の出来上がった時計を届けたいと日々作業に没頭している。

夜になるとホームページの更新や自身のネットショップの監視、ユーチューブへの映像のアップロード、ブログでの情報発信、世界のオークションサイトを巡り回り、自分の欲しい時計がないか、少年のような気持ちで目を輝かせている井上さんがいる。

時計の修理が本業ではあるが、いい時計との出会いが多くなると、自分もそうした時計が欲しくなり、気に入れば落札するそうで、「せっかく稼いだお金もみんな時計に注ぎ込んでるよ」と顔を綻ばす。若い時、周囲の連中が遊び惚けている間、黙々と修理の腕を磨くことに没頭していた努力がここへきて見事に花開き、唯一無二の存在感を発信している。

 

精魂込めた仕事で我が道を拓く

一つ一つの時計には、お客さんのさまざまな思い入れや思い出がこもっているだけに、職人としてその時計に魂を吹き込み、命を蘇らせることに心血を注ぎ、再び振り子が揺れ出し、秒針が時を刻み始めた瞬間は、至上の喜びを味わえ、お客さんからの感謝の便りや電話、メールが次の修理への英気を養ってくれる。

時計の修理は、簡単に直せるものから、ゼロから全て作りながら修繕していくものまで、千差万別のため、いくらという価格表示は難しい。そのため、手がかかる修理の場合は、いまどんな作業をしているか、作業工程を順次撮影して依頼主に日々メールで報告する。それを通じて大変な手間がかかっている工程を理解してもらえれば、修理代金を値切るようなお客さんは一人もいない。

工房 亞陀自らの仕事を正しく理解してもらう点でもネットがあればこそで、まさに井上さんが20年前に所謂時計店から修理専門に舵を切れたのはネットの力が多大に貢献していることは言うまでもなく、時代も追い風となっている。

 

 

 

 

井の中の蛙、大海を泳ぐ!?

井上さん曰く「世間の人たちは井の中の蛙じゃないが、井戸の中から上の縁まで登ってきて、縁に掴まりながら、外はどんな世界かと見渡すところでやめている。

私は英語もろくにできないが、そこから飛び出し、世界各国のオークションにもチャレンジし、前金を払ったのに商品が届かない時は、下手な英語でまくしたて、相手がI am sorryと言えば、こっちのものだと、大海を泳いできているよ」と胸を張る。

金沢生まれ金沢育ちの井上さんだが、なぜかちゃきちゃきの神田っ子と話しているような気がするのは、井上さんのスタイルもそうだが、生来の気っ風の良さと、我が道をひたすら歩んできている自信からくる超個性的なオーラによるものであり、「山椒は小粒でもピリリと辛い」まさにそれが工房亞陀である。

 

 

 

店舗情報

工房 亞陀

商 号工房 亞陀
代 表和時計師 匠 亞陀(井上悦朗)
住 所金沢市野町2-1-22
TEL076-241-4884
e-mailtakumiada2@mac.com
URLhttp://www.takumiada3.daa.jp