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忘己利他(もうこりた)の精神で商いに邁進し、 輪島塗の魅力を全国に伝播 (有)大藤漆器店

印刷用ページを表示する更新日:2020年4月2日更新

(有)大藤漆器店

大藤漆器店

石川県に数ある伝統的工芸品の中でも、海外でJAPAN=漆として認識され、高く評価されているのが輪島塗である。度重なる荒波に揉まれるも独自の商いを実践し、笑顔の絶えない店づくりに邁進する大藤漆器店の大藤孝一社長に、商いの秘訣を伺った。

 

母の行商を基盤に持ち前の行動力で顧客開拓

大藤家の先祖を辿ると、代々塗り師や沈金師として歴史に名を残す家系で、大藤社長の父も輪島で屈指の塗り職人として知られる。その素晴らしい商品を多くの人に知ってもらい、使ってもらいたいと、母が商品を担いで県内の和倉温泉や加賀温泉の旅館や料理屋などを行商して歩いたのが、同社の原点。昭和35年頃のことで、大藤社長が物心ついた4歳当時で、「大きな荷物を背中に担いで一生懸命親父の作った商品を売りに行く母親の背中を見て育ち、かわいそうだから早く手伝って両親を助けたいと思った。」と述懐する。
その言葉通り、学校を卒業すると営業車を購入し、自らが運転し、母を乗せて一緒に営業して回るようになり、県内はもとより、北海道から九州まで、ほぼ全国に販路を広げ、県内だけでも旅館、料亭、ドライブイン、茶屋、土産物店等々千軒以上の得意先がある。「1千万円の買い物をしてくれるお客さんを一人探すより、1万円買ってくれる先を千軒回ろうと考え飛び回っている。」と自らの営業魂を披瀝する。

大藤漆器店

 大藤漆器店

 

忘己利他の精神で相手の喜ぶ顔が生き甲斐

バブル期までは、輪島産地も大変な好況で、産地の企業数も売上高も最高を記録したものの、バブル崩壊で環境が一変し、その後の能登半島地震、リーマンショックがだめ押しとなり、産地の企業数も売上も激減している。
そんな厳しい環境をいかにして乗り切ってきたのかを伺うと、「私の商いは、店頭に高額品を並べて、来店するお客さんを待っている昔ながらの商いではなく、自ら全国各地を飛び回り、輪島塗を売ることは二の次で、ご縁のできたお客さんにいかにして喜んでもらえるか、相手が何を求めているか、この人にはこんな提案をしたら役に立てるのではないか、そんなことを考え、相手が喜んでくれることばかり考え行動してきた。」と力を込める。
そんな大藤社長の心意気、気概に惚れ込んだ各地のお客さんから、景気が悪い時でも、激励の電話や注文の電話が入るため、「おかげさまで厳しいと感じたことはなく、楽しみながら商売させてもらっている。」と顔を綻ばす。

大藤漆器店 大藤漆器店

 

自分を必要としてもらえるまで努力を惜しまず

大藤漆器店まだ若かった頃、百貨店に売り場を持ちたいと思ったものの、どうしたら百貨店に口座が持てるのか、その方法が分からなかった。大阪のある百貨店の漆器売り場を見に行ったところ、自社なら5千円で納められる商品が、数倍で売られていたのを見て、思わず「自分ならもっと安く納められる」と喋ったところ、たまたま売り場にいたのが問屋から派遣されていた人で、「こんないい商品をそんなに安く納められるのなら一度会社に来て欲しい」と言われる。
早速、道頓堀のその会社を訪ねたものの、「素性も不明な会社と取引はしない」と門前払いを喰らう。普通ならそこで諦めるところだが、転んでもただ起きない大藤社長は、この会社が自分を必要だと思うまで、何回でも行って自分を売り込もうと足繁く通い、門戸を開くことに成功する。

大藤漆器店 

 

地元の人に使ってもらうための「ありがとう市」

そもそも輪島塗を地元の人たちが日常的に使っていないことを不思議に思い、地元の人が使わない輪島塗に将来はないとの強い思いがあった。そこで、茶碗やお椀を定番の五客セットではなく、在庫として残っているバラや半端ものを、年1回感謝市として安く地元の人たちに販売することを同業者に提案し、賛同を得た仲間とスタートしたのが、20年あまり続いている『ありがとう市』である。しかも、ただイベントを開くだけでなく、チラシから看板から、パネルのアイデアもデザインも自ら考え、全て自ら描き、委員長として人のために動いてやってきている。こうしたイベントをした場合に、天候の影響で来場者が少なかったりすると、主催者はがっかりしがちだが、1人でも来てくれた方に「ようこそ来てくれてありがとう」との感謝の気持ちを忘れず、最大限のおもてなしで迎え、子供からお年寄りまで、喜んで帰ってもらうことを実践している。

大藤漆器店 大藤漆器店

 

大藤流商い必勝法 その1 「ないところでやればチャンス有り」

大藤漆器店全国各地を飛び回り、いろんな人とのご縁ができると、そこに何があって何がないか、何があれば売れるか、そこに相応しい商品を提案し、今日に至っている。例えば、商売のライバルがいない、にもかかわらずお客さんがたくさん来る施設があったら、そこに店を開かないのはあり得ない。この大藤流三段論法が商いの鍵。その発想で考えついたのが、『コンビニで輪島塗を売ること』。ライバルがいない、人はたくさん来る、しかも24時間年中無休で営業している。これをやらない手はないとなる。現在、金沢駅周辺のコンビニで売られている輪島塗の商品は同社のもの。そんな場所で売れるわけがないと大方の人は考えるが、やってみないと分からない、ないところでやれば売れる可能性は大きい。この戦略で売り先をどんどん開拓してきている。そんな延長線上で考えたのが輪島塗の自販機である。「売れますか?」と聞きたくなるが、大藤社長の発想は「ありますか?」である。

その2 「相手が求める物、相手が喜ぶモノづくり」

大藤漆器店和倉温泉の旅館と取引するにあたり、既存の輪島塗の商品を持って行っても、他社との価格競争になるだけ。そこで、『輪島塗の皿に七尾の青柏祭のでか山の絵を描けば、ここにしかないオリジナル商品になる』と考える。提案してみると、青柏祭の開催される5月3・4・5の3日間しか売れないのではと懸念されるも、いざ蓋を開けてみると、旅館の売店と能登食祭市場に置いた商品が予想に反してコンスタントに売れる。それを見た七尾市が、ふるさと納税の返礼品に採用し、さらに販路が広がっている。輪島塗は七尾の特産品ではないが、でか山の絵が描かれているものはこれしかないため、七尾市の返礼品になるわけだ。ことほど左様に、既存の商品を押しつけるのではなく、『先方の立場、その地域のことを考え、そこに相応しいオリジナル商品を提案する力、なおかつ試作品を1ヶ月以内に仕上げるスピード感ある商い』が、大藤漆器店の真骨頂に他ならない。

 

時流も忘れない商いの肌感覚

同社の商いの大部分は、社長以下、社員が全国に出向いて販売する展示会や商談会、得意先への訪問営業である。とはいえ、同時並行で、今の時代の当たり前になっているアマゾンの通販にも早くから出店し、店としての信用度を高める一助と位置づけている。また、大藤社長の長男で同社の統括本部長を務める孝行氏が中心となり、ホームページを維持管理するとともに、このたび新たに公式LINEアカウントを取得。同社の公式LINEアカウントに登録し、輪島市内の同社の本店、マリンタウン店、漆の里交流館のいずれかに来店すると、素敵なプレゼントがもらえるキャンペーンを実施中で、若い人たちの来店につなげる努力も怠りない。「人のためにやるのが大好き。楽しくて仕方ない。景気が悪い時ほど笑っていることが大事だ。」と公言して憚らない大藤社長。若い時からの夢でもあった輪島の一等地で店を持つことを漆の里交流館で実現し、次なる構想として、マリンタウンの空いている土地に、輪島の産品を常設で販売する屋内施設を造り、その2階部分に東京に本社があるIT企業のサテライトオフィスを誘致するべく奔走している。これが実現すれば、「和倉温泉からの団体を乗せた観光バスが横付けされ、輪島に賑わいが創出され、東京と輪島に若者が働く拠点ができ、街の活性化にも貢献できる。そんな若者たちが結婚して輪島に家を建て、子供ができ・・、」と、夢はどんどん広がる。熱き情熱と持ち前の行動力で、輪島の魅力を発信し、笑顔の輪を広げていただきたい。

 

 店舗情報

大藤漆器店

 
社名有限会社大藤漆器店
代表代表取締役社長 大藤孝一
住所輪島市惣領町5部47-4
TEL0768-22-3530
URLhttps://oofuji-shikki.com/
E-mailinfo@oofuji-shikki.com