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神戸と金沢の洋菓子店で、通算17年あまり修業を積んだ柿木博志さんが、2019年2月、金沢市森山2丁目の山の上町バス停前に建つ築80年余の古民家をリニューアルし、「山の上洋菓子店」を満を持してオープン。
懐かしい雰囲気の中に、ご夫妻の優しい空気感が漂うお店に伺い、オーナーパティシエとなった柿木さんに、ケーキに託す思いを披瀝いただいた。
昭和52年に大阪府堺市で生まれた柿木さんは、子供の頃から母親が「見た目は茶色いがからだに優しいから」と、精製されたいわゆる白砂糖ではなく、含蜜糖を使って料理やお菓子を作ってくれていたことを記憶している。
「母親はもう亡くなりましたが、からだが弱かったことから寝込むことが多く、自分が代わりに家族の食事を作ったりしていたこともあり、学校を卒業したら料理人になりたいと思っていました。」と述懐する。
その夢に向け、卒業すると中華料理店で働き始める。専門学校へ通うお金を稼ぐため、早朝にも働けるところがないか探したところ、たまたまケーキ店のバイトが見つかり、掛け持ちで働く日々を送る。
日々働いているうち、料理は魚は魚、肉は肉で、焼く、煮る、蒸すの違いはあるが、素材は同じ、あとは味付け。一方、ケーキは、小麦粉もバターも砂糖もそのまま食べるわけではなく、それぞれの素材をレシピに従って組み合わせることで、さまざまな形の、違う商品ができ上がっていくことに面白みを感じ、中華料理人になるつもりだった柿木さんは、パティシエを目指すことに。
神戸にある洋菓子店「サント・アン」の門を叩き、修業の日々が9年目に入ったある日、社長から「知り合いが金沢で「ふらん・どーる」という店をやっていて、人が足りなくて探しているから手伝いに行ってくれないか」と打診される。
自分の中では10年で独立すると決めていた柿木さんは、「独立させて欲しい」と答える。それに対し、「独立する前に、少し規模の小さい店で研鑽を積んだ方が、独立に向けていい勉強になるから行ってきなさい。」と、尊敬する師匠でもある社長からそこまで言われると断われず、新天地・金沢に向かうことに。
今でこそパティシエともてはやされるが、柿木さんが修業した頃は、まだ職人の世界の時代で、自分の中では腑に落ちないことや疑問に思うことはいろいろあったようだ。その一つが食品ロス。大きな店では、売れ残ったケーキを破棄せざるを得ない場面が発生する。
「最初はもったいないという気持ちがあり、捨てることに抵抗があるが、そうした日々が続くと、次第に心が麻痺してきて、普通に廃棄できるようになってしまう。このことは怖いと同時に自分の感覚が麻痺することが嫌だった。」と振り返る。
ロス率を価格に転嫁しないとやっていけないのも事実であるが、柿木さんはそうした価格転嫁をしなくて済むよう売り切ってしまう商いを実践している。「廃棄ロスを出すよりも、売り切れてごめんなさいとお客さんに謝る方がずっと健全な商いだと思う。」と笑顔に。
「ふらん・どーる」で8年間働いている間に、美加子さんと出逢い結婚。かつては、独立したら大阪の堺に帰って店を出そうと思っていたが、結婚して家庭を持ったことで、奥さんの実家のある金沢で店を持つのもいいなぁと思うように。
独立するにあたって、実家の近くで、ビル1階の空いているテナントを探し回るも、1年経っても適当な物件が見つからなかった。探す範囲を広げてみても納得できる物件に出会えず、どうしたものかと思案していた時に、奥さんがこの古民家の空き家物件を見つけてくる。
商売をする以上は、この地に根付いてやっていく覚悟が必要だと考え、テナントを借りるのではなく、ここに住んで商売することを決意し、購入することに。夫婦共に古いものや和が好きという価値観が同じだったこともあり、話はスムーズに進み、改装工事がスタートする。外観は入口のガラス戸を変えた程度で、あとはそのままの雰囲気を活かし、内部は大幅にリニューアルし、厨房スペースと店舗スペースに生まれ変わる。
「山の上」という地名を聞いた瞬間に気に入った柿木さんは、地名をそのまま店名に使うことに。しかも奥さんから「子供が聞いても何屋さんかすぐ分かる名前がいいんじゃないか」と言われ、「パティスリーカキノキ風」ではなく、地元で暮らす人たちの年齢層も高いことを勘案し、そのものズバリ「山の上洋菓子店」に。
店の入口上に掲げてある看板は、古民家に残されていたテーブルの天板を自ら彫って作った手作り。自らの店への思いが込められた看板ができると、オープン1ヶ月ほど前から、入口上に設置し、夜は照明を当て、バス停で乗り降りする地元の人たちに洋菓子店がオープンすることを事前告知する。
敢えて広告宣伝はせず、地元の人たちの口コミで少しずつファンが増えていく地道な商いが柿木さんのモットー。
独立を考えた時点では、まだ看板商品を何にするか決めていなかったが、山の上という地名を聞いた時に、山型のチーズケーキが頭に浮かび、これをメイン商品にしようと即決。
それに続いて、毎朝焼く自家製パイを使ったコルネ、能登鶏の新鮮なこだわり卵を使って焼き上げるカステラの3つの商品が決まり、いずれも看板商品として「山の上」を冠する。山の上チーズケーキは1,080円(税込)、山の上コルネは194円(税込)、山の上カステラは356円(税込)と、嬉しい価格設定の看板商品の面々。
毎日3時のおやつの頃には、看板商品が売り切れる人気ぶりだけに、早めの来店をお薦めする。
子供の頃の母の味の思い出を受け継ぎ、ケーキや焼き菓子には含蜜糖を主に使用している。含蜜糖を使っていることで、スポンジに少し茶色がかった色が付くことで、他の店のケーキとの差別化にもなる。小麦粉は全て国産のものを使用している。「私はいわゆるインスタ映えするような洒落たケーキは作っていません。美味しくてきれいだけど価格が高い。そんなケーキを子供が選ぶだろうか・・。大人しか楽しめないケーキに抵抗があり、子供も大人もお年寄りも楽しめるケーキ、子供が小遣いを握って買いに来られるケーキ屋でありたい。」と熱く語る。
「この古民家を買った時に、自分はこの地域に根ざした商いに徹し、一生頑張っていく、それに尽きると自らに言い聞かせた。」と力を込める。
全国チェーンの店や有名パティシエの店で販売されているケーキは、どれも美味しいが、美味しさが全部一緒に感じられることに疑問を呈する。「美味しさにある意味のムラがあることが、その店の特徴になり、それこそが手作りの魅力だと思います。
料理屋さんの料理は美味しいが、毎日は食べられない。一方、母親の手料理は毎回微妙に味付けが異なるが、飽きずに食べることができる。そういう手作りだからこその微妙な味の違いを、山の上洋菓子店の特徴として楽しんでもらえたら嬉しいです。」と、地元密着の地道な商いに邁進する柿木さん夫妻に心からエールを贈りたい。
社名 | 山の上洋菓子店 |
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創業 | 平成31年2月 |
代表 | 柿木 博志 |
住所 | 金沢市森山2-3-22 |
TEL | 076-225-8642 |
URL | https://yamanoueyougashiten.wixsite.com/mysite |