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能登の風土と自然の恵みを愛し、 周囲が応援してくれる商いに邁進!  (株)能登風土

印刷用ページを表示する更新日:2020年12月8日更新

(株)能登風土

能登風土

意外なところから意外なものが出てくる、思いがけないことが現実となることの例え『瓢箪から駒が出る』。
飲食業で稼いだお金で農業を始め、あれよあれよと人脈が広がり、新規参入が不可能な牡蠣の養殖業も手がけ、さらに浜焼きレストランも開業と、前述の比喩のようなドラマチックな人生を切り拓いてきている(株)能登風土の代表・酒井光博さんを訪問した。

 

農業の行く末を案じ、自ら農業参入

酒井光博さんは様々なアルバイトを経験した後、遡ること14年前に和倉温泉で飲食店を開店する。3年あまりが経過した頃、高齢化や後継ぎがいないなどの理由で、地元中島地区に点在する耕作放棄地が目に付くようになる。「このまま5年、10年が経ち、完全に農業が崩壊してからでは手遅れで、今の内に少しずつでも始めれば、将来きっと報われる時が来る…」と直感した酒井さんは、商売で蓄えた資金を注ぎ込み小規模ながら農業に参入し、10年後、20年後に周囲の人たちから酒井に任せたらいいと思って貰えるような基盤づくりに取り組むことを決意する。
当初は、新規参入者に土地を貸してくれるところがなく苦労したようだが、酒井さんのひたむきな熱意が通じ、少しずつ土地を借りることができ、中島農協の主力野菜である能登白ねぎ、中島菜、小菊南瓜の3種類の栽培から手がける。「農業はもちろん素人で、農業指導員に教えてもらいながらのスタートだったが、案の定、素人がやっても全然育たず、教科書どおりにやってもダメだった。」と述懐する。
3年目ぐらいからようやく出荷できる野菜が育つようになり、30aで始めた農業も、契約栽培や委託を少しずつ増やし、4年目には能登島の耕作放棄地を開墾し、今では東京ドーム2個分ほどにあたる8haの農地で野菜を育てるまでに。

能登風土 能登風土  

 

農業参入は地域の人たちとの信頼関係なくして成立せず

地域の中で廃れていくものを守りたいという思いと同時に、商いである以上は儲けることを目標に農業に取り組み始め、2年あまり農業に取り組むひたむきな姿勢が行政にも評価され、新規就農者支援制度を適用して貰えることに。その頃には新規就農者の中でもトップクラスの収穫をあげるまでになり、農業に真摯に取り組む内に、地域の70代前後の人たちにパートで農作業の手伝いに来てもらうなど、地域コミュニティーの中での交流の大切さを実感し始める。
耕作放棄地であれ、休耕田であれ、その土地を借りるとなれば、どこの誰かも分からない人間には貸してくれない。郷に入れば郷に従えの精神で、自ら率先して地域のお年寄りとの関わりを深める努力を重ねることで、「あんたなら貸してやるよ」と言ってもらえる信頼関係の構築に努め、少しずつ耕作地が増え始める。
そんなタイミングで、国や県が農業の6次産業化を謳い始め、6次産業化に向けた様々な研修会が開かれる。そんな中で石川県農業耕家塾のスキルアップコースに招聘され、その時は農家レストランをしたいとの思いで事業計画を作り始めたものの、冷静に考えると、ニッチな野菜だけをわざわざ食べに来るお客さんは、東京ならいざ知らず、地方ではニーズがないことに気付く。そこで、自身が中島の生まれであること、能登に観光に来る人は中島の牡蠣を食べに来ることから、中島の牡蠣と自身が育てた野菜を使ったレストランをやれば、上手くいくのではないかと思い立つ。​

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ひたむきな努力が、牡蠣養殖業の後継につながる

農家と漁業者の課題は同じ、後継者不足である。なおかつ、野菜作りは春から秋までで、冬場は野菜の収穫作業がほぼなくなり、人件費を出すのも大変なのが現実。そこで、夏場は畑作業をし、冬は牡蠣の養殖をするという事業計画を立案し、そのプランを耕家塾終了時に発表する。それを契機に、その思いを周囲の人たちに機会あるごとに熱く語っていた。牡蠣の養殖は、素人が新規参入することは本来不可能で、大きな壁が目の前に立ちはだかる。
そんな時に牡蠣養殖を営んでいる漁師が後継者難から廃業する方向で検討していることを耳にする。そこで酒井さんをよく知る牡蠣養殖の同業者が仲介してくれ、新たに牡蠣養殖業を始める。それだけに、酒井さんのここに辿り着くまでの精進努力がいかばかりのものだったかが推量される。

能登風土 能登風土     

 

中島の牡蠣と自家栽培の野菜で浜焼き店を開業

牡蠣養殖業を引き継ぐことにはなったが、そもそも素人のため、養殖のイロハを学ぶため、先輩の父親でもある地元水産会社に社員を4ヶ月間預かってもらい、全てを教えてもらうことからスタートする。その時点では、浜焼きの店は翌年に出すつもりでいたが、すぐ出すように後押しされ、のと鉄道笠師保駅前の建物が20年あまり前から空き家になっていたことから、そこを借り、2ヶ月間で開店準備を進める。
駅前の店に、地元のお年寄りに週1回でも皿洗いのアルバイトに来てもらい、若い人と話すことで元気をもらって欲しいとの思いもあり、いろんな形で地域の人たちとの関わりを深める仕掛けづくりにも努める。そうした地道な取り組みが、巡り巡って自らの商いが好循環に回っていく流れに見事につながると同時に、飲食店をやることで、これまで規格外で破棄していた野菜も、料理に使う分には全く問題ないため、食品ロスをなくす意味でもプラスになる。さらには、浜焼き店の真ん前の笠師保駅の駅舎内を改装し、バス1台・40人が浜焼きを食べられる飲食スペースとして活用している。これが実現したのも、のと鉄道の無人駅が有効活用されていないことに目をつけた酒井さんならではの着眼で、笠師保駅で牡蠣などの浜焼きを食べることを目的に、のと鉄道で観光してくれる人が増えれば、お互いに潤うウィンウィンの関係が構築できるとの熱い思いが、のと鉄道を動かした格好だ。

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予期せぬ依頼も舞い込む

先般、羽咋市にある千里浜レストハウスの新たな運営責任者を任されることになった。これによって、地元農家の野菜や牡蠣を提供できるようになり、地域全体が浮揚する新しい循環が生まれる。羽咋は昔から口能登と言われるように、能登観光の大切な拠点の一つであり、千里浜レストハウスがなくなると、観光バスが何台も昼食休憩に寄れる場所がなくなり、県外からの団体バス旅行が能登に来ることを選択しなくなる恐れすらある。そうならないためにも、千里浜レストハウスを存続させることに大きな意義があり、これまでとは全く異なる酒井さんの斬新な発想による店づくりで、令和3年早々にもリニューアルオープンする。

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浜焼きレストランが稼ぎ頭に

地元のため、この思いで邁進する酒井さんの熱意に押され、多くの人を巻き込みながら活性化の風を吹かせてきた努力が、様々な形で報われている。令和元年にはJR東日本の新幹線車内に置かれているPR誌に、無料で浜焼き能登風土の広告を掲載してもらえたという。その効果は絶大で、新幹線の中から問い合わせの電話があったり、それを見て来店してくれたお客さんもあったという。
地域で地道に活動してきたおかげで、日経新聞に載った酒井さんの記事の切り抜きを持って来店するお客さんもいる。「商売なので、利益を出すことは大事ですが、地域といかにかかわりを持ちながら、お互いにメリットのある関わり方を常に模索しています。」と、地域と自分たちの活動が両輪となって会社を成長させていくことを念頭に邁進中。
毎年、能登風土が収穫する野菜の量は膨大で、地元の市場に出荷すると供給過剰で市場価格が下落するため、大部分は東京に出荷し、地元の市場と契約して、各地の市場に送る分を担っている。金沢の冬の風物詩でもあるかぶら寿司のかぶらも契約農家として栽培している。農業、牡蠣養殖、浜焼きレストランが同社の大きな事業の柱であるが、売上に占めるウエイトは、浜焼きレストランが最も高く、年間2万人のお客さんが訪れる。牡蠣シーズンの冬場の土日には1日約300人、平日でも約100人来店すると言うから驚きだ。
 

能登風土 能登風土

 

集客はネットの飲食店サイトが貢献

浜焼き能登風土の店舗は、笠師保駅の前にあるとはいえ、道路からは線路を渡らないと行けないため、偶然通りかかった車が入る確率は低く、ほぼこの店を目指してやって来る。お客さんの口コミはもちろんのこと、飲食店紹介サイトに登録することで、最低限のコストで情報発信することも怠りない。そんな努力の甲斐があり、冬場の北陸地方における海鮮料理店の検索ランキングでは1位を獲得する人気店に。
スマホで全て事足りる時代になっているだけに、いかにネットを活用して情報発信するか、能登に旅行に来た人が、近くに美味しい店がないかと検索した時に真っ先にヒットするか、ヒットして自社ホームページにアクセスした時、ここなら行ってみようと思って貰える充実したホームページになっているか、これが成否の鍵を握っている。
新規採用する社員も、SNSやホームページで酒井さんの活動に関心を持ち、県内はもとより東京からも応募者があり、既にネットを介して2名採用している。

自他共栄の精神で道を拓く

若い人たちが生まれ育った故郷に将来性を感じなくなり、都会へ働きに行く時代になって久しい。そんな中にあって、故郷の風土の潜在力・魅力、地域の人たちの人間力に改めて光りを当て、技術を伝承できる人たちがいる間に、その技を次代に繋げる架け橋となるべく起業した酒井さん。商売である以上は利益を出して儲けなければならないが、まずは地域の人たちからの信頼を得るべく、地道に、真摯に努力を重ね、その姿を見て信頼してくれた地域の人たちを巻き込みながら、気が付くと自分も回りの人たちも幸せになっている。そんなビジネスモデルを能登で定着させつつある能登風土のさらなる躍進に大いに期待したい。

店舗情報

能登風土

 
社名(株)能登風土
代表酒井光博
住所七尾市中島町塩津4部45番地
TEL0767-66-6059
URLhttp://www.notofood.com/