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令和6年元旦に発生した能登半島地震で、能登各地の漁港は海面が隆起し、漁船が出漁できない状態が10か月あまり続いた。能登の魅力は、世界農業遺産に認定された里山里海であるが、いずれも甚大な被害を受けた。能登を代表する海の幸である能登牡蠣も、海底の隆起で牡蠣棚のアンカーが外れ、牡蠣棚が変形し養殖していた牡蠣にもかなりの被害が。そんな状況下にあっても牡蠣養殖に孤軍奮闘するおうた水産の往田哲史社長にお話を伺った。
おうた水産の牡蠣養殖は、哲史さんの祖父が戦後に始めた事業。哲史さんは家業は手伝わず、飲食店などで16年あまり働いていたが、祖父が亡くなり家業を途絶えさせたくないと一念発起し、牡蠣養殖の仕事を受け継ぐことに。それが遡ること10年余り前。祖父の牡蠣棚や船は譲り受けたが、古くなった設備を更新するなど、初期投資もそれなりに必要だった。近隣の同業者の先輩たちに一から教えを請い、牡蠣養殖の仕事に邁進してきている。先の能登半島地震で、牡蠣殻を剥く作業小屋は基礎に大きな亀裂が入り、地面が30cmあまり陥没し建物は半壊の判定を受ける。
能登半島地震で海底が隆起したため、約100メートル四方の8つある同社の牡蠣棚のうち3つの牡蠣棚が、海底に固定していたアンカーが外れ、牡蠣棚が歪んでしまった。アンカーが外れると牡蠣棚はバランスが取れなくなり、ロープが捻じれてしまうため、その棚に下げられていた養殖中の牡蠣が絡まって重くて上げられなくなり、ほぼ壊滅状態に。さらに、牡蠣棚を海面に浮かせるためについているブイも30個余り破損したという。この復旧作業は一人では不可能なため、近隣の同業者に手伝ってもらい、この10月にようやく2つの牡蠣棚を修復できたばかり。そのため今年の水揚げ量は大幅に減少し、例年人気の冷凍牡蠣も収穫量が激減したため作ることができなかった。
牡蠣の養殖は特別な餌を与えるわけではなく、七尾湾の豊かな海水から自ら餌を取り込んで成長していく。真牡蠣は1年から2年、岩牡蠣は3年から4年の歳月をかけてゆっくりと育つ。七尾湾周辺は自然豊かな海域で、山林からの栄養素が河川を通じて海に流れ込み、餌となるプランクトンが豊富なことから、小粒ではあるが七尾湾の恵みが凝縮された栄養たっぷりで、甘くて美味しい文字通り海のミルクと言われる能登牡蠣に育つ。牡蠣の養殖は、海水の塩分濃度、海中の酸素濃度、気候、海中のプランクトン量等々、自然環境に委ねられているため、人間の力ではほぼどうすることもできないものの、少しでも美味しい牡蠣に育つように、愛情を込めて年間を通して牡蠣棚に通って手入れすることを惜しまない。定期的に牡蠣の入った網を引き揚げ、死んでいる牡蠣は捨て、生きている牡蠣だけ海中に戻す作業を行っている。養殖方法も同業者の工夫や努力で年々進化しているため、そうした情報収集や勉強にも余念がない。
能登牡蠣は、水揚げしてから海水のない状態でも殻付き牡蠣なら5日間ぐらいは生きているそうだが、時間の経過とともに弱っていき鮮度が落ちる。そのため、同社では、能登牡蠣のむき身は、その日に必要な分だけを早朝に水揚げし、牡蠣剥き場でむき身にし、洗浄、袋詰め、梱包を行い、当日のうちに出荷している。牡蠣は一つひとつ、形や大きさが異なるため、機械で殻を剥くのは難しく、すべて手作業で丁寧に殻を剥いている。殻付き牡蠣も同様に、その日に必要な分だけ水揚げし、その日のうちに出荷している。夏の酷暑、冬の極寒の中、毎日牡蠣棚に出かけて丹精込めて育て上げた自慢の能登牡蠣である。取材に伺うまで知らなかったが、養殖されている牡蠣はその年によって異なるが、少ない時で3割、多い時で4割近く自然死状態で商品にならないとのこと。
おうた水産のホームページを見ていただくと分かるが、哲史さんの手作りとは思えないほどに、牡蠣養殖に賭ける情熱がひしひしと伝わってくるハートのあるホームページである。ネット通販は、自社ホームページとヤフーショッピングで行っている。人気商品は、一斗缶に殻付き牡蠣が80~90個あまり入ったもの。ガンガン焼きは20個あまり入っていて、缶ごと火にかけて豪快に焼いて食べるもの。牡蠣の殻の開け方、牡蠣の下処理の方法も自社ホームページで写真付きで解説している。飲食店向けの卸しも年々増えてきていたが、今年は地震のため出荷できない状態が続いていた。ここへきてようやく寒くなってきて、牡蠣の身が美味しくなる今冬は再開できる見通し。インターネットの注文が入り始めると、哲史さんはその梱包と発送作業に追われる日々が待ち受けている。
水揚げした牡蠣の中には、生きているものの、商品にできないものがある程度の量は発生する。従来は、そうした規格外のむき身の牡蠣を自家消費や従業員に分けていたが、量が多く食べきれないことから、丹精込めて育てた牡蠣を無駄にしないため、見た目は劣っても味は何ら変わらない正真正銘の能登牡蠣だけに、そうした牡蠣を煮詰めて味付けし、ペースト状にすることでアップサイクルすべく、石川県の補助金を活用し、牡蠣ペーストを商品化する。スパゲッティに混ぜてソース替わりに、トーストに塗る、ローストビーフに塗る、オードブルの付け合わせにと、用途は多彩で、瞬く間に人気商品に。さらに、そのペーストを使った「能登牡蠣ペーストと生ハムの大人ピザ」も商品化。これも牡蠣好きの人を中心にヒット商品となり、3月に東京で開催された復興応援フェアでも販売され好評を博す。
能登半島地震が発生した直後は、牡蠣小屋も牡蠣棚も破壊され、もう止めようかとも思ったに違いないが、持ち前の不屈の精神と同業者の仲間たちの力強い支援、お客さんからの温かい応援メッセージに背中を押され、地震前までと変わることなく、船で牡蠣棚に通い、牡蠣の世話に明け暮れる日々を送る。牡蠣小屋が半壊状態のため、これから新たな作業場を建てるべく、資金繰りを始めとした事業計画に取り組み始めている。能登牡蠣は、全国に多くのファンがいることから、その人たちに最高に美味しい牡蠣を届けることはもちろん、近い将来には、飲食店で長く勤務した経験を活かし、牡蠣棚から水揚げしてきた新鮮な牡蠣をその場で調理して提供できる飲食部門を立ち上げることを思い描いている。七尾市中島地区に約40社あまりある牡蠣養殖業者の中でも若手の哲史さんは、支援してくれた人たちへの感謝の気持ちを原動力として、新たな事業展開の実現に向かって勇往邁進する哲史さんである。
商 号 | (株)o.f.s.(おうた水産) |
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代 表 | 代表取締役 往田 哲史 |
住 所 | 七尾市中島町長浦子部25番地 |
電 話 | 0767-58-6269 |
URL | https://outasuisan.amebaownd.com |