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千年に一度の大地震だった能登半島地震、空前是後の奥能登豪雨、想定外の大規模災害が能登半島を襲った悪夢の出来事から2年あまりが経過。未だに能登半島の道路網は元に戻らず、がけ崩れや海岸に漂着した大量の流木がそのまま残されている。大災害を機に、住み慣れた能登の地を離れていった人たちも多く、人口減少が加速している。そんな厳しい環境下にありながら、近隣住民はもとより、被災後に能登を離れた人たちからも変わらず愛されるヘアーサロンが、輪島市尊利地町の海岸沿いに佇む『hair salon SKY』である。オーナーの船本 瞳さんにお話を伺った。
輪島市内で生まれ育った船本さんは、地元での就職先を探すべく、ハローワークに通っていた中から、現在の『hair salon SKY』の前身となる『ヘアー&エステ さかい』の求人が目に止まる。その時点では美容師になることは全く考えていなかったそうだが、地域の人たちに愛されているお店の存在や、オーナーの境 政美さんの人柄に惹かれ、美容院のアシスタントとして平成11年12月に就職する。オーナーの人柄の良さもあって、ヘア―サロンではあるものの、近隣の固定客が日々集まって来て、世間話をしながらお茶を飲む憩いの場的な存在でもあった。

前オーナーの境さんの時代から、ベテランアシスタントである金子さんと船本さんの二人が、カット、パーマ、シャンプーといった、一人ひとりのお客さんに対する施術を、美容師である境さんが手際よく、スムーズにこなせるよう、様々な下準備をし、4席あるシートが埋まっている時でも、必要な材料を揃えたり、掃除したり、他の人が終わるのを待っているお客さんにお茶を出したり、雑誌を持って行ったりと、オーナーもお客さんも心地よい状況をお膳立てするのが日々の仕事。そうした仕事をこなしていくうちに、美容師の仕事に次第に興味を持ち始め、オーナーからいろいろ手ほどきも受けていた中で、「美容師免許の資格を取った方がいいんじゃない?」と勧められ、通信教育で学びながら美容師免許を取得する。

コロナ禍になって、休業するサロンが多かった中で、地域の憩いの場的な役割もあった同店は、国からの休業要請が出た期間を除き、ほぼ通常どおり営業を続け、お客さんもそんなに減ることなく、無事に乗り越えることができた。令和6年1月1日午後4時10分、思い出すのも恐ろしい最大震度7を記録した能登半島地震が発生し、輪島市内の船本さん宅も損壊し、断水と停電で生活ができなくなり、しばらくの間、金沢市内にて避難生活を余儀なくなされる。ご主人は建築関係の仕事のため、被災地での復旧作業に従事すべく現地に残り、何か月もの間、車中泊で乗り越えたそうだ。水と電気がないと人間はまともな生活ができないことを、身を以って体感し、その厳しい状況を乗り越えてきた人にしか分からない苦悩の経験が、船本さんを精神的に逞しくし、お客さんを包み込むような優しい笑顔の源泉になっているように思える。「大変な思いはしましたが、自分たちだけでなく、みなが大変な中で、多くの人たちに支えてもらい、助けてもらえたから今こうして元気に頑張れています。」と語る笑顔が印象的。あの地震さえなければと悔し涙、悲し涙を流した石川県民は数多いる中で、その体験を糧とし、前向きに歩を進めている姿は、多くの人たちに勇気と元気を与えている。

被災直後の店舗の様子
能登半島地震から半年が経過し、ようやく水道や電気が復旧したことから、輪島の自宅に戻っての生活を取り戻すなか、被災した店舗の後片付けや掃除をこなしながら、再オープンにこぎつける。そんな矢先に、再び奥能登豪雨が発生し、川が氾濫し、店舗の前まで泥水が溢れてきたが、ぎりぎりのところで店舗が浸水することは免れた。二度にわたる被災を機に前オーナーの境さんが廃業することを決意すると同時に、25年あまり勤めてきた船本さんに、ヘアーサロンを事業承継してもらえないかと持ち掛けられる。境さんの家族はもちろん、自分の家族とも何度も話し合いを重ね、お客さんからの激励の言葉も背中を押し、今年2月頃に事業承継することに。5月頃から店の改名や承継の手続きを始めたものの、能登半島地震からの復興作業の関係で、改装工事も遅れ気味となり、8月に入ってプレオープンし、この10月から本格的にオープンしたばかり。石川県の制度を活用し、境さんから店舗を買い取り、『hair salon SKY』のオーナーとして新たな一歩を踏み出した。

素人考えでは、人口の多い金沢市内で商売した方が、売上も上がるように思うが、金沢市内ではお客さんも多い代わり競合店の数も多く、激戦となり利幅の薄い商いにならざるを得ない。一方で、輪島のこの地は過疎化が進んでいるとはいえ、周辺の町から若者からお年寄りまで、万遍なくお客さんが来店してくれる。サロンの開店時間は午前10時だが、それこそ田舎の人たちは朝が早く、8時頃からやってくるお客さんもいる。どのお客さんも気心知れ、性格や好みも分かっているため、臨機応援に対応し、午前中は4席がフル回転する忙しさ。ベテランのアシスタントさんがいるおかげで、船本さん一人で全てのお客さんに施術することができ、予約せずに来店したお客さんは、他のお客さんの施術が終わるまで、お茶を飲みながら世間話をして気長に待ってくれる。ゆったりと時間が流れる輪島だからこそ可能なのである。

金沢市内の美容院で大人がカットすると6、000円前後はするだろうが、同店では3、000円、パーマはショート6、500円~ロング7、000円、カラーはショート6、500円~ロング7、000円と、リーズナブルな価格設定。しかも、同店が支持される人気の秘密は、船本さんが施術するエステにある。一般論として、エステと聞けば、通常1万円以上の値段を思い浮かべるが、なんと同店では、サービスの一環として無料でエステを施術していると言うから驚きだ。エステを無料で提供する理由を尋ねると、「お客さんが喜んでくれる顔を見ると、自分も嬉しくなるし、常連のお客さんがあってこそこの店がやっていけるだけに、日頃の恩返しの気持ちでサービスしています。」と船本さんは顔をほころばす。商いには『損して得取る』という手法があるが、船本さんにはそんな考えは微塵もなく、心からのサービス精神が言葉の端々に感じられる。
能登半島地震、奥能登豪雨と未曽有の災害を二度も乗り越えてきた船本さんの精神力の強さ、包容力の大きさを目の当たりにし、金沢市内ではなく、輪島のこの地になくてはならないヘアーサロンであることを痛感させられる。多店舗展開や金沢市内に店を出す可能性について尋ねると、「私は輪島が大好きで、ここで生まれ育ち、ここのお客さんたちにかわいがっていただいて成り立っていることに感謝し、これからもこの場所で、この店を大事に育てていきます。」と宣言する。商売をする上で、商圏の大小は経営を左右するものの、過疎が進む地域であっても、商いは人なりを実践し、船本さんは早くも確固たる商いの基盤を築き始めている。店舗の眼前に広がる日本海、遠くに七ツ島が点在する大自然を眺めながら、女性にとって最も嬉しく、ウキウキするひと時を『hair salon SKY』で体験することで、船本さんから元気パワーを分けてもらえること請け合い。能登半島地震の被災地・輪島から船本さんのマンパワーを県内はもとより、全国に発信してもらいたい。

船本さん(左)とアシスタントの金子さん
| 商 号 | ヘアーサロン スカイ |
|---|---|
| 代 表 | 船本 瞳 |
| 住 所 | 輪島市尊利地町イ1-1 |
| 電 話 | 0768-34-1155 |